輸出大国ドイツの「対中政策」の行方

ドイツでは連邦議会選挙(下院)後、第一党となった社会民主党(SPD)が主導となり、環境保護政党「緑の党」、リベラル政党「自由民主党」(FDP)の3党による連立交渉が進展中だ。クリスマス前にはショルツ財務相を首相とした3党アンプル連立政権が発足すると予想されている。

2019年9月、中国武漢市を視察中のメルケル独首相(独連邦首相府公式サイトから)

16年間続いたメルケル政権後のポスト・メルケル時代を迎え、SPD主導の連立政権の政治、経済、外交路線はどうだろうか。メルケル首相は任期16年間で12回、訪中するなど、中国重視の経済政策を推進した。英国、フランスなど欧州主要国が中国共産党政権の人権弾圧問題を理由に距離を置いてきている時にだ。それだけに、ドイツの新政権の対中政策の行方に注目が集まっている。

米フーバー研究所の名誉シニアフェローであり、ニューヨーク大学名誉教授(経済学)のメルヴィン・クラウス氏は5日、国際的NPO「プロジェクト・シンジケート」に寄稿し、ドイツの対中政策について、「ショルツ新政権となっても変わらないだろう」と予想している。

同氏は「Germany’s Chinese Kowtow」(Kowtow=叩頭)という見出しの記事の中で、「緑の党とFDPは中国国内の人権問題を追及するだろうが、SPD主導連立政権はメルケル政権時代と同様、経済・政治と人権問題を区別して対応していくだろうから、大きくは変わらない」と主張している。その理由は明瞭だ。ドイツは輸出大国であり、中国はドイツにとって最大の貿易相手国だからだ。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している。そのような国が中国の人権問題を激しく追及できるだろうか、という点だ。

ドイツ連邦統計局が2月22日に発表したデータによると、新型コロナウイルス感染症の影響を受けながらも、昨年の中国とドイツの二国間貿易額は前年比3%増の約2121億ユーロに達し、中国は5年連続でドイツにとって最も重要な貿易パートナーとなっている。ドイツの対中輸入額は前年比5.6%増の約1163億ユーロ、対中輸出額は約959億ユーロだった(中国国営新華社)。

英国政府はトランプ米政権時代から中国共産党政権には一定の距離をとってきた。英国は先月15日、米豪と共にインド太平洋の新たな安全保障協力の枠組み(AUKUS)を創設するなど、対中安保政策を経済関係以上に重視してきている。フランスもここにきて対中政策で厳しい姿勢を示した。フランス国防省は9月20日、646頁に及ぶ「中国共産党政権の影響力を高める行動」の報告書を公表した。同報告書では「中国共産党は1948年から統一戦線をスタートし、あらゆる手段を駆使して影響力を広げる工作を実施してきた」と指摘し、中国共産党の世界的戦略を暴露している。同報告書はフランス軍事学校戦略研究所(IRSEM)が50人の専門家による2年間に及ぶ研究調査結果をまとめたもので、フランスの対中政策の柱となる報告書だ。

ドイツでも中国共産党政権に対する警戒論がないわけではない。ドイツの産業用ロボット製造大手「クーカ」が2016年、中国企業に買収されたことから、ドイツは先端科学技術をもつ企業の買収阻止に本腰を入れ始めている。ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は2018年1月5日、「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた。中国は欧州の扉を叩くだけではなく、既に入り込み、EUの政策決定を操作してきた」と警告している。

にもかかわらず、ドイツの対中政策の変更は容易ではない。輸出国の運命でもある。習近平国家主席は9月17日、メルケル首相との電話会談で、「中独関係が巨大成果を収めている根本的原因は双方が互いに尊重し、小異を残して大同につき、協力ウィンウィンを重視し、優位性による相互補完を推進していることにある。双方が相互信頼を固め深め、対等に処遇し、協力に焦点を絞るなら、中独関係を絶えず新たに発展させることができる。ドイツが欧州連合(EU)に対し正しい対中政策を堅持し、差異に客観的に向き合い、意見の相違を理性的に処理し、中国EU関係の持続的で健全な発展を図るよう促すことを希望する」(新華社)と述べ、ドイツにエールを送っている。

メルヴィン・クラウス氏は、「あなたが銀行に百万ドルを借りている時、銀行はあなたを所有するが、あなたが十億ドルを借りれば、あなたは銀行を所有することになる」と古い格言を紹介しながら、「ドイツ経済は対中輸出に依存しているため、中国はドイツの外交政策を所有している」と指摘し、「ドイツが21世紀に繁栄するためにはハイテクでデジタル化されたグリーン経済を推進することが重要だ」と述べ、「長い間にわたる、中国を軟化させるドイツの政策は、人権侵害に対する中国の不処罰の感覚を永続させ、同時に、ドイツの重商主義をも促進させてきた」と説明、EUと北大西洋条約機構(NATO)の安保協力を強化させるうえでも「メルケル後のドイツの外交政策は進路を変えなければならない」と助言している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。