感染した極右党首の“改心”を期待

オーストリアで目下、新型コロナウイルスの感染が猛威を振るい、15日から遂に未ワクチン接種者(約200万人)を対象にしたロックダウンが始まったばかりだ。外出制限などの規制は一応10日間の予定だが、感染状況次第では期限は延長されるという。

コロナに感染した自由党党首キックル氏(オーストリア自由党の公式サイトから)

同国では政府のコロナ規制に反対し、ワクチン接種を拒否し続けてきた極右政党「自由党」のヘルベルト・キックル党首が15日、コロナウイルスに感染したことを自身のフェイスブックを通じて明らかにした。キックル党首の感染が報じられると、同国のメディアばかりか、国民にも大きな波紋を呼んだ。ワクチン接種を頑固に拒否し、コロナ規制の抗議デモ集会では常に政府のコロナ規制を「国民の自由を奪うものだ」として批判する一方、「ワクチンを接種しなくても、ビタミンCを接種し、山に登り新鮮な空気を吸っていたら大丈夫だ」と豪語してきた政治家だからだ。

キックル党首は、「週末、家族と共にコロナ感染の症状がみられたので、自宅で抗原検査を実施した。結果は陽性だったのでPCR検査を受けたところ、保健当局から陽性の知らせを受けた。熱はない。軽度の感染だろう。知人の医者から薬を受けて治療中だ。残念ながら14日間、自宅隔離措置を受けた」と述べている。

オーストリアのワクチン接種率は欧州連合(EU)加盟国内でも下位に位置する。16日午前の時点で1回目接種68.9%、2回完了64.6%だ。すなわち、国民のうち、30%前後のワクチン接種拒否者がいることになる。彼らをワクチン接種に改心させない限り、集団免疫は絶対に実現しない。シャレンベルク首相は未接種者を対象とした外出制限を発表した記者会見で「ワクチン接種をするべきだ」とかなりきつく要請していたほどだ。

自由党はコロナ・ウイルスの感染が拡大し出した時から、マスク着用を拒否し、コロナ・ウイルスなどは存在しないと豪語し、コロナ規制には常に反対してきた。国民議会では基本的には議員はマスクの着用を求められているが、マスクの着用を拒否してきた政党だ。その結果と言えば可笑しいが、自由党幹部のクリスティアン・ハーフェネッカー議員がコロナに感染し、オーバーエステライヒ州の自由党ハイムブフナー党首はコロナに感染して集中治療室(ICU)にお世話になってしまった。

オーバーエステライヒ州議会選挙が9月26日実施されたが、ワクチン接種反対を掲げる新党「人間・自由・基本法」(MFG)が約6.2%の得票率を獲得して議席を獲得するなど、同国では根強いワクチン接種反対の国民がいる。彼らのシンボル的人物はこれまでキックル党首だったのだ。

キックル党首は9月24日、記者会見を招集し、ワクチンを接種していないということを証明する医者からの診断書を掲げ、「私はワクチンを接種していない。知り合いの医師の診断を受け、血液検査を通じて、私の体には抗体は存在しないことが明らかになった」といったのだ。「ワクチン接種証明書」ならば理解できるが、キックル党首は「ワクチン接種していない証明書」を見せて、誇示した。

キックル党首にはそれなりの理由はある。与党国民党系ロビイストがテレビで、「キックル党首はワクチン接種を批判しながら、秘かにワクチンを受けていた」と語り、その情報が広がってしまったからだ。キックル党首は、「それが事実だったら、私への信頼は完全になくなってしまうから、ワクチンを接種していないことを証明せざるを得なくなった」というのだ。同党首は自身の政治生命をかけてワクチン接種を拒否しているわけだ。

そのキックル党首は自身がコロナ感染したことからコロナ感染の恐ろしさを自覚し、国民にワクチン接種をするように勧めるのではないか、といった淡い希望を抱く国民もいるが、オーストリアの著名な政治学者教授フリッツマイヤー教授は国営放送でのインタビューの中で、「残念ながら期待できない。オーバーエステライヒ州の自由党のハイムブフナー党首が感染、集中治療室の患者となったが回復後も、ワクチン接種容認派にはなっていない。治療してくれた医療関係者に感謝するだけで、政治信条に変化はなかった」と説明、キックル党首も同様だろうと述べている。

ワクチン接種派は、「キックル氏は隔離され、薬の治療で完治した場合、『コロナは通常の風邪に過ぎない』と言って、ワクチン接種をする必要はないと一層確信を強めて叫びだすのではないか」と懸念している。キックル氏には、コロナ感染者の治療のために24時間、肉体的な限界まで駆使して働いている医療関係者を少しでも思い出して頂きたいものだ。

いずれにしても、キックル氏の早期回復を祈らざるを得ない。当方は依然、キックル党首が今回の試練を通じてワクチン接種者に改心してくれることを期待している。人は変われるものであり、キックル党首にもセカンド・チャンスを与えるべきだと信じるからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年11月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。