人は心で願っていることを誰かが語った時、すぐにそれに飛びついて信じる傾向がある。新型コロナウイルスの変異株オミクロンについてさまざまな憶測が報じられ出したが、その中には「オミクロン株は感染力が強いが、致死力は少なく、インフルエンザのような変異株ではないか」といった楽観的な情報が流れ出してきた。デルタ株の猛威に疲れ切った人類にとって、そうあってほしいが、世界のウイルス学者はちょっと違う予測をしているのだ。
ドイツの世界的なウイルス学者、クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は新型コロナウイルスの新しい変異株オミクロンについて、「来年夏までにはオミクロン株は猛威を発揮し、大きな問題となる可能性がある」と指摘した。ドイツ公共放送「北ドイツ放送」(NDR)のポッドキャストのコロナウイルスアップデートで語った。
同教授は、「オミクロン株の拡散率は非常に高い。南アフリカやイギリスでは、症例数は約3~4日ごとに2倍に増加している。デルタウイルスは来年1月まで私たちの問題だろうが、オミクロンは夏まで私たちの問題となる」と予想している。
ドロステン教授でなければ、「人間の不安を煽っている」学者と受け取ってしまうが、同教授の発言となれば深刻に受け取らざるを得ない。同教授は、16年間、政権を担当したメルケル前首相が最も信頼してきたウイルス学者だ。教授は、「私はウイルス学者だから、専門分野のことでは語るが、それ以外の政治問題などは語る資格はない」と述べてきた。だから、教授がコロナウイルスについて語った時は注目せざるを得ないのだ。
ドロステン教授の同僚ウイルス学者サンドラ・シーゼック氏がサンプルから得られたウイルス分離株を使って、ワクチン接種をした人々の抗体がオミクロン変異株を無害にできるかを調べた実験データによると、ビオンテック社のワクチンを3回接種され、3カ月前に追加免疫を受けた人の75%の抗体はオミクロンを中和できなかった。デルタ変異株の場合、その割合はわずか5%だ。ワクチン接種が感染を防ぐ効力は、デルタ変異株に比べると、オミクロンでは大幅に減少しているわけだ。
ドロステン教授によると、南アフリカの場合、コロナウイルスにすでに1回または2回感染した人々の再感染が多いから、状況はドイツと比較できない。そのうえ、南アフリカの入院患者の5分の1は、10歳未満の子供だという。
ドロステン教授が恐れているシナリオは、オミクロン株が単に強い感染力だけではなく、免疫回避能力と適応力((Immunflucht und Fitnessgewinn)を備えた変異株の可能性があるということだ。すなわち、オミクロン株に対応するワクチンが新たに必要となるわけだ。
英国のジョンソン首相は13日、「オミクロン株に感染した患者が少なくとも1人、亡くなったことを確認した」と述べている。英国ではオミクロン株が近日、デルタ株に代わって主流ウイルスとなると判断し、追加接種を国民に呼びかけている。
独ビオンテック社最高経営責任者(CEO)、ウグル・シャヒン博士は、「オミクロン株に対応できる改良したワクチン製造に取り組む」と述べている。従来の米ファイザー・ビオンテック社のワクチンではオミクロン株に対して有効力が減少することを踏まえた発言だ。
ちなみに、mRNAワクチン(メッセンジャーRNA)の場合、遺伝子治療の最新技術を駆使し、筋肉注射を通じて細胞内で免疫のあるタンパク質を効率的に作り出す。ウイルスを利用せずにワクチンを作ることができることから、短期間で大量生産が出来る。ビオンテック社のワクチンは最新医薬技術を切り拓いたといわれている。
なお、シャヒン博士は独週刊誌シュピーゲル(9月11日号)とのインタビューの中で、「ウイルスが今日、逃避メカニズムを発揮し、迅速に変異し、人間に容易に感染するようになってきている。だから世界はしばらくは何回かの感染の波に直面するかもしれないが、ワクチン接種者や回復者にとっては、もはや脅威とはならないはずだ」と述べている(「ビオンテックCEO、質問に答える」(2021年9月16日参考)。
参考までに、シュピーゲル誌は12月4日号で「オミクロンの秘密」という興味深い記事を掲載していた。オミクロン株がどうして生まれてきたか、という話だ。それによると、オミクロンは免疫力の弱い人にまず感染する。自分が攻撃される恐れが少ないからだ。そこで人体の免疫メカニズムを学んでいく。例えば、ウイルスはHIVで免疫力の弱った人間に入り、そこで人間の免疫メカニズムを長い時間をかけて学びながら進化していく。それから免疫力の強い人にも感染できる力とノウハウを吸収し、感染を広げていくというのだ。オミクロン株にとって、免疫の弱い人間は自身を成長させてくれる温床だ。HIV患者だけではない。臓器移植者や薬品によって免疫が弱まった人などがそうだ。オミクロン株が如何に狡猾なウイルスかが理解できる。たかがオミクロン、されどオミクロンだ。
いずれにしても、ギリシャ語のアルファベットを最後まで学ばなくて済むことを願うだけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。