l前回の「訴追の技術開発萎縮効果は抜群」 の話に続いて、今回はP2P技術の商用化に成功した米ベンチャー企業を紹介する。ウィニーと同時期に公開された ビットトレントは、2011年3月には北米および欧州におけるピーク時間帯の上りインターネット・トラフィックの52%を占めている 。
匿名性の高いウイニーと異なり、発信者の追跡が可能なことから、不正コピー問題も解決できるはずだっが、従来のP2Pだと長時間かかっていた映画のような大きなファイルでも数時間で入手できることから違法コピーの送信に使われるようになった。このため、全米映画協会(MPAA)は、ソフト利用者や無料交換を仲介していたサイトを次々と訴えた。しかし、萎縮効果の大きい刑事ではなく民事訴訟である点と、ソフト開発者やソフトを提供したビットトレント社(04年に設立された)を訴えたわけではなく仲介サイトを訴えた点が、ウィニー訴訟と異なる。
05年に有力なベンチャーキャピタルから900万ドル弱の出資も受けたビットトレント社は、ハリウッドの映画会社との和解交渉を進め、05年にMPAAと和解した。06年にワーナーブラザーズとパートナー契約を締結したのを皮切りに、次々と映画会社やコンテンツ配給会社とパートナー契約を結んだ。商用P2Pはこのようにコンテンツ保有者と契約して配信するため、コンテンツ保有者が神経質になる著作権問題は一応解決できる。このため急成長を遂げ、2007年には日本法人を設立、角川グループホールディングスが9億9000万円を出資した。
IIJの鈴木幸一社長は,「ビットトレントがあれほど有名なのに、世界的にはウィニーが有名でないのはおかしい。日本の何らかの風土が、ウィニーのような技術のグローバル展開を阻んでいるとしたら残念だ。いろいろと新しいものが出てくるのに、まず悪い面だけを見て、それを止めることが日本では多い」としている(日経コミュニケーション 2008年3月1日号)。鈴木社長の指摘する「技術のグローバル展開を阻む日本の何らかの風土」の最たるものが著作権である。ビットトレント(株)戦略顧問の岩浪剛太氏は月刊ニューメディア誌(2008年9月号)のインタビューに以下のように答えている。
日本では,やはり著作権の問題が整理されないと世界から遅れるばかりです。これはP2P問題以前の話でインターネットビジネス全体に影響が及んでいます。・・・デジタル技術というのは,全ての情報を0と1に還元して,演算・蓄積などをするわけですから,伝送する場合でも各所でコピーを繰り返して無劣化で伝送することが可能となります。ユーザがWebサイトを見る場合でも,実際にWebサイトの画像やテキストを端末にコピーして見ているわけです。それらを含めて,伝送経路や端末での動作を『複製だ』と指摘されてしまうと,もうインターネットそのものが否定されてしまいます。この問題が曖昧なままで整理されていないと,日本人も日本の企業も本質的にはみなさん真面目ですから,法的にグレーな事業はやはりできないということになります。
アメリカのFCC(筆者注:連邦通信委員会)は2005年の Internet Policy Statement で「ユーザは」で始まって「権利がある」で終わる宣言文を4つ並べています。つまり、第一義的にユーザが公正に使っている限り自由だ、ということを明快に保証しています。これは著作権法におけるフェアユースの確立も同様ですね。日本はこの辺りがはっきりしていません。企業でP2Pの利用を企画しても、当然ですが責任者が法的責任を取れるとは言い切れず、結局は企画を取り下げてしまいます。P2Pを使ってもこのビジネスは正当だ、という拠り所が曖昧なわけですね。
検索エンジンも94年に日米同時に誕生したが、 「まねきTV事件」最高裁判決でクラウドも国内勢全滅の検索エンジンの二の舞か? で紹介したとおり、フェアユース規定の有無が明暗を分け、日本市場までヤフー、グーグル、マイクロソフトの米国勢に制覇されてしまった。
早稲田大学大学院客員教授で日本Android の会 会長でもある丸山不二夫氏は、「クラウド・コンピューティングも、しょせんはクライアント・サーバー・モデル(筆者注:仕事を一台のコンピュータだけで完結させずに、サーバーとクライアントという性質の違うコンピュータで分担して行うモデル)の焼き直し」にすぎず、いつかはサーバー側が負荷に耐えられなくなる日が来る。「次に来るのはP2Pだ」と予言する(日経エレクトロニクス 2008年11月3日号)。P2Pはこのように将来性に富んだ技術である。その技術を日本は違法使用されるマイナス面を問題視してすっかり悪役にしてしまったが,米国は大容量のデータを容易に配信できるプラス面を評価して,大きな花を咲かせた。
城所岩生