ロシアが10万人以上の兵力をウクライナ東部国境沿いに動員したことから、プーチン大統領はウクライナに武力侵攻を命じるのではないかという懸念が出てきている。欧米のロシア・ウオッチャーは「リアルなシナリオだ」と、ロシア軍のウクライナ東部武力侵攻を予想している。
バイデン米政権は今月に入り、ウクライナ危機の打開のためにこれまで4回、ロシアと交渉を行った。ジュネーブで1月10日、シャーマン米国務副長官とロシアのリャブコフ外務次官の外務次官級会合が行われ、12日にはブリュッセルで北大西洋条約機構(NATO)・ロシア理事会、13日にはウィーンで欧州安全保障協力機構(OSCE)会合、そして今月21日、再びジュネーブでブリンケン国務長官・ラブロフ外相の米ロ外相会議が開かれたが、両国にウクライナ危機打開に向けた歩み寄りは見られなかった。
ロシア側の主張は変わらない。ウクライナの加盟を含むNATOの東方拡大を拒否し、その旨を米国が書簡で保証するならば、という前提条件は不変だ。米国はロシアの要求を一蹴する一方、バイデン大統領は今月19日、就任1周年の記者会見で、「ウクライナが近い将来、NATOに加盟することはない」と述べ、ロシア側の要求を杞憂と受け取っていることを示したが、それ以上は踏み込まず、「ロシア軍がウクライナに武力侵攻したならば、重大な結果を招くことになる」と警告を繰り返した。
ところで、欧米とロシア間のウクライナ危機を巡る交渉の進展を固唾を飲んで見守っている国がある。中国共産党政権だ。その最大関心事は、ロシアがウクライナ東部に武力侵攻した場合、米欧はどのように対応するかだ。具体的には、米欧は経済制裁を科すか、それとも軍事的対応に乗り出すかだ。バイデン米大統領や欧州連合(EU)のこれまでの主張を見る限りでは、「あくまでも外交手段で解決する」ことを目指している。
米欧がロシアに対し経済・金融制裁に乗り出す一方、軍事的な対応を実施しない場合、中国共産党政権は「台湾への武力併合へのゴーサイン」と受け取る可能性が出てくるのだ。オーストリア代表紙「プレッセ」のライナー・ノバック編集局長は23日付トップで、欧米とロシア間のウクライナ危機への対応を中国の台湾侵攻と密接にリンクさせ、「欧米側がロシアの武力侵攻に譲歩するならば、北京側は、中国人民軍が台湾に侵攻しても米国は譲歩するだろうと予想するだろう」というのだ。
ノバック氏は、「軍事的な対応を交渉前から排除すれば、交渉力を自ら縛る結果となる」と強調している。相手が軍事力で応じてくるかもしれないとなれば、ロシアは容易には武力侵攻できない。逆に、武力侵攻しても相手側は経済制裁を警告するだけと分かれば、プーチン氏は冒険するかもしれない。だから、ロシアとの交渉では絶対に軍事カードを放棄すべきではないという論理だ。
ドイツはウクライナ危機への対応でウクライナ軍への軍事支援を拒否して、キエフを失望させたが、米国や英国はウクライナ側に兵器の供給を始めている。米国は軍事機材の支援を行い、英国は軽装甲防御兵器システムなどを供給している。その一方、米国務省は23日、キエフの米大使館の米職員家族に対し退避命令を出している。米国は既に軍事モードに入っているわけだ。
当方はこのコラム欄で「ウクライナ危機への『3つの対応』」(2022年1月20日)を書き、「欧米には少なくとも3つの制裁の道がある」として、①ウクライナへ武器供給(英国は軽装甲防御兵器システムを供給)、②「ノルド・ストリーム2」の操業開始の停止、③SWIFT(銀行間の国際的な決済ネットワーク)を利用してロシアの経済活動に制裁を科す、等の3点を挙げた。
問題は制裁を実施できるのは欧米だけではないことだ。ロシアは少なくとも欧州への天然ガス供給をストップできるのだ。欧州は2020年、ロシアから天然ガスを全体の43・9%を輸入している。例えば、オーストリアは天然ガスの80%をロシアからの輸入に依存している。プレッセ紙は23日付トップに「プーチン氏が背を向けたならば」(「Undwenn Putinabdreht?」)という見出しの記事を掲載している。
欧米側がロシアの蛮行に対して経済・金融制裁だけに拘れば、ロシア側を説得できない。現実的で効果のある対策は軍事的対応だ。決して戦争を煽っているわけではない。ロシアが武力侵攻すれば軍事的反撃する、という姿勢を示す必要があるというわけだ。
プーチン氏がNATO軍との衝突を回避し、10万人の兵力をウクライナ東部国境から撤退させれば危機は暫定的だが解決できる。欧米側がプーチン氏の面子をたてるために何らかの譲歩、例えば、「ノルド・ストリーム2」の操業を認めるといったシナリオも考えられる。
ウクライナ危機が上記のシナリオで進展すれば、習近平中国国家主席は台湾に武力侵略すれば同じシナリオが展開すると考えざるを得なくなるはずだ。それゆえに、欧米がウクライナ危機に如何に対応するか、中国の今後の出方にも大きな影響を与えるわけだ。
参考までに、最悪のシナリオを考えたい。ロシアはNATOとの衝突を恐れずにウクライナに侵攻し、同時期、中国は台湾侵攻を始め、北朝鮮は7回目の核実験を行い、アジア地域の緊張を意図的に煽る。一方、イランは中東地域で武力テロ活動を活発化する場合だ。今年11月に80歳になる高齢のバイデン大統領にそれらの紛争をてきぱきと解決できる活力、知性、体力があるだろうか。日本はもちろん静観していることはできない。世界同時多発紛争が発生した場合のシナリオを真剣に考えなければならない。北京冬季五輪大会が幕を閉じてから今秋の中国共産党大会前までの期間が最も危険な時期とみてほぼ間違いないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。