ウクライナ危機への「3つの対応」

ドイツのアンナレーナ・ベアボック外相にとってキエフ(ウクライナ、17日)、モスクワ(ロシア、18日)は最初の大きな外交交渉の舞台となった。同時に「緑の党」のベアボック外相がウクライナ危機で成果を挙げるとは誰も期待していなかった。新外相の名誉のためにいえば、ウクライナ危機問題の調停役を果たせる政治家は誰もいないから、同外相の外交交渉が成果なしで終わっても批判できない。

モスクワで記者会見するベアボック外相(ドイツ民間放送ntvの中継から、2022年1月18日)

ショルツ連立政権に参加する社会民主党(SPD)、「緑の党」、「自由民主党」(FDP)の3党が昨年11月24日合意した連立協定(178頁)の第7章には「人権」(146頁目)が言及されている。「人権は、個人の尊厳を守るための最も重要な保護シールドであり、私たちの羅針盤を形成する」とその意義を強調し、「人権侵害に対する免責は世界中で終わらせなければならない。そのため、私たちは国際刑事裁判所と国連の臨時法廷の活動に尽力し、国際人道法のさらなる発展に取り組んでいく」と明記している。

そのうえで「欧州と世界に対するドイツの責任」という項目では、「ドイツはヨーロッパと世界で強力なプレーヤーである必要がある。ドイツの外交政策の強みを復活させる時が来た」と強調し、「私たちの国際政策は価値に基づいており、ヨーロッパに組み込まれ、志を同じくするパートナーと緊密に連携し、国際的なルール違反者に対して明確な態度を示す」と述べている。それだけに、ベアボック外相の対ロシア、対中国政策の動向に注目が注がれるわけだ(「ベアボック次期外相の対中政策は」2021年12月2日参考)。

まず、17日のキエフ訪問を振り返る。ベアボック外相はキエフではドミトロ・クレーバー外相と会談し、両外相はウクライナ紛争の平和的解決を目指すことで一致する一方、「外交が唯一、解決可能な手段だ」と指摘。ウクライナ側の独製武器の供給要求に対しては「紛争がエスカレートする危険性が出てくる」として拒否した。同時に、ノルマンディー・フォーマットの復活を求めた。同フォーマットは2014年以降、ウクライナ情勢の悪化を受け、ミンスク合意に基づいて設置された対話の場で、ロシアとウクライナの当事国にドイツとフランスが2カ国が参加して解決策を話し合う枠組みだが、2016年10月を最後に開かれていない。

ロシアがウクライナ東部国境線沿いに10万人規模の兵力を集結させているため、欧州連合(EU)と米国は「ロシアがウクライナに侵攻する危険性が高まってきた」と受け取り、「ロシアの軍事侵攻があった場合、これまでにない強い制裁をロシアに科さざるを得ない」と警告。ベアボック外相もロシアに対し、「これ以上の軍事活動は大きな代償を払うことになる」と述べた。同外相によると、「フランスのドリアン外相とウクライの紛争地域のドンバス地域を視察する計画だ」と明らかにした。

同外相は18日、キエフからモスクワに飛び、セルゲイ・ラブロフ外相と会談した。ベアボック外相は和平交渉の迅速な再開をモスクワ側に要求、ここでもフランスとドイツ2カ国が参加するノルマンディー・フォーマットの復活を要求した。それに対し、ラブロフ外相は、「ロシアとしてはウクライナ問題は米国だけと交渉することを願っている」と述べ、独仏の欧州2国とウクライナ問題を話し合う考えがないことを示唆している。モスクワはドイツとフランス2国をウクライナ問題の当事国とは見なしていないからだ。

ロシア側はウクライナの北大西洋条約機構(NATO)の加盟を拒否、米国に文書でウクライナのNATO加盟はないこと、NATOの東方拡大を行わないことを明記すべきだと要求している。それに対し、米国とNATO側は「ウクライナのNATO加盟問題はロシアが干渉する問題ではない」という立場を維持してきた。米・NATOとロシア間ではこの問題では妥協の余地はほとんどないのが実情だ。ミンスク合意の履行問題では2016年以降、何も実行されていない。ロシアもウクライナも相手を「ミンスク和平改革に違反している」と非難合戦を繰り返してきた。

モスクワのベアボック外相(41)とラブロフ外相(72)の記者会見をドイツ民間放送の中継でフォローした。両外相の年齢の差は大きいが、外交キャリアの差はもっと大きい。ラブロフ外相は18年間、外相として世界の指導者と交渉を重ねてきた超ベテラン外相だ。一方、ベアボック外相は「緑の党」の共同党首を務めてきたが、外相としては新米である。そのうえウクライナ危機という世界が注目する外交交渉の場だ。新外相に最初から大きな外交成果を期待するほうは酷だろうが、ドイツはEUの盟主であり、世界4番目の経済大国だ。ロシアと対等に世界問題を話し合うことが出来る数少ない国と言っていい。

ドイツはロシアとの間で「ノルド・ストリーム2」プロジェクトがある。海底ガスパイプラインは既に完工しており、関係国の承諾待ちだ。同プロジェクトはプーチン氏の威信をかけたプロジェクトであり、同時に経済プロジェクトだ。ベアバボック外相は野党時代には同プロジェクトに反対してきたが、ショルツ首相は「経済プロジェクトを政治化することはない」という立場だ。

ドイツはロシアとの交渉で「ノルド・ストリーム2」カードを利用しないことはないだろう。ただし、ウクライナは自国経由でなくロシアの天然ガスを欧州に運ぶ「ノルド・ストリーム2」に対して強く反対してきた。ドイツはウクライナ側の了承を得る必要はある(「『ノルド・ストリーム2』完成できるか」2020年8月6日参考)。

ドイツが米国とウクライナ両国から同プロジェクトのゴーサインを得ることが出来るならば、プーチン氏はウクライナ国境に派遣した10万人の兵力を撤退させるかもしれない。人権カードを使うより、「ノルド・ストリーム2」カードを巧みに使い、プーチン氏を説得できればドイツの外交力は見直されるだろう。

ウクライナ危機に対して欧米側には少なくとも3つの対応が考えられる。①ウクライナへ武器供給(英国は軽装甲防御兵器システムを供給)、②「ノルド・ストリーム2」の操業開始の停止、③SWIFT(銀行間の国際的な決済ネットワーク)を利用してロシアの経済活動に制裁を科す。特に、③について、ドイツの「キリスト教民主同盟」(CDU)の次期党首フリードリヒ・メルツ氏は、「ロシアにとってSWIFT制裁が最もきついだろう」と指摘している。米国は過去、イランに対し同制裁を実施し、テヘランは原油輸出が出来なくなった。SWIFTには世界200カ国以上の国や地域の金融機関が参加、同ネットワークを通じて送金など経済決済が行われる。

米ロは21日、ウクライナ危機問題でジュネーブで外相会談を開く。バイデン米政権がロシアの要求に対し、どのような妥協案を提示するか、注目される。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。