最近のフェアユース判決
(中)で紹介したとおり日本版フェアユースの検討は尻すぼまりに終わった。この間、米国ではフェアユースを認める判決が相次いでいる。中でも注目される二つの判決を紹介する。
最初の判決は同じグーグルブックスに対する訴訟である。全米著作者組合はグーグルに蔵書をスキャンさせた図書館に対しても、著作権侵害訴訟を提起した。これについても「教育・研究目的の著作物利用にフェアユース判決が相次ぐ米国(その3)」で紹介したとおり、ニューヨーク南連邦地裁がフェアユースを認めた。2013年には(上)で紹介したとおり第2控裁も地裁判決を支持する判決を下した。
この判決については、全米著作者組合は最高裁には上訴せず、2015年にグーグルと和解した。最高裁に上訴しなかった理由は、図書館は営利企業ではないため、侵害の主張が認められ難い(フェアユースが認められやすい)と判断したものと思われる。逆に営利企業のグーグルに対する訴訟の方が、侵害の主張が認められやすい(フェアユースが認められ難い)と読んで上訴したが、最高裁はグーグルの商業目的での利用に対してもフェアユースを認めた第2控裁判決を容認した。
最高裁は1994年の判決で、営利目的でも原作品の変容的利用(transformative use)、言い換えれば、新しい作品が「別の作品」になっていればフェアユースが認められるとした。第2控裁は「書籍の検索を可能にするというグーグルの書籍利用の目的は高度に変容的である。」「ニュース報道、解説、引用、書評、パロディなど、多くのフェアユースが認められる利用は営利目的で行われている。」などの理由で「グーグルの利用が商業目的でもフェアユースを認めない理由はない。」と判定した。
2番目の重要判決は「教育・研究目的の著作物利用にフェアユース判決が相次ぐ米国(その1)」で紹介したコピペ論文検知サービスに対する判決で、学生の許諾を得ずに提出論文をアーカイブ化した Turnitin とよばれるサービスのフェアユースを認めた。この判決により、学生の許諾を得ないでも提出論文をアーカイブ化できるようになった Turnitin は現在、5億件以上の提出済み学生レポートをアーカイブ化している。
日本にも同種のサービスはある。代表的なのはアンク社の「コピペルナー」とよばれるコピペ判定支援ソフト。コピペルナーはコピペチェックの対象に提出レポートも含めているが、アーカイブ化した件数までは公表していない。アンク社が2009年に文化庁の文化審議会に提出した意見書に以下の記述がある。
「将来、弊社のDBに論文を保管してチェック対象とする場合は、論文データ・著作権を管理している企業・機関と契約を結んだ後に、契約範囲内の論文データを自社DBに保管し、チェック対象とする予定です」
大学が学生の論文をコピペルナー社に保管してチェック対象とする場合、大学は同社と契約するわけだが、その際、大学は学生の許諾も得ないと日本では著作権侵害のおそれが出てくる。このため、大学は学生の了解を得るオプトインで対応するはずである。となるとオプトアウトで対応するTurnitin のように5億件以上の提出済み学生レポートをアーカイブしているとは思われない。
チェック対象の論文数が少ないとコピペを見抜けないリスクが高まるわけで、小保方事件発生後、日本の教育研究機関がTurnitin 社(訴訟当時は iParadigms社だったが、2015年に社名変更)のサービス導入に走ったのも十分理解できる。
フェアユースがないためにオプトインで対応せざるを得ない日本の事業者は、ユーザー(ここでは教育・研究機関)のニーズを満たすサービスが提供できずに、米国勢に日本市場まで席巻されてしまう悪循環を繰り返すことになる。フェアユースを早急に導入してITビジネスのプラットフォームを米国勢に握られてしまう悪循環を断ち切るべきである。
グローバル化するフェアユース
フェアユース導入の試みは日本では挫折したが、海外では導入国が急増している。その理由をPeter Decherney著、城所訳「グローバル化するフェアユース」『GLOCOM Review』12-1(83)は以下のように解説する。
「技術開発の巨人であるGoogleの出現から、動画共有のサイトに数百万人の視聴者を引き付けるファン作成のマッシュアップまで、フェアユースは,インターネット技術、文化、商業の中心的な推進力となっている.そして、多くの国の政策担当者は、自国にフェアユース規定がないために生じたイノベーションのギャップに気づいている。」
上記論文でも紹介しているフェアユース導入国と日本のGDP成長率を比較した(表1参照)。発展途上国の成長率が当然高くなるが、日本は189カ国中171位で同じG7構成国の米国、G20構成国の米国、韓国よりも低い。
日経ビジネスは「シリコンバレー4.0 変貌する革新の聖地」と題する特集の「これでいいのか ベンチャー活動、世界最下位の日本」という記事で、総合起業活動指数を紹介している。「成人(18-64歳)人口100人に対して、起業準備中の人と起業後3年未満の人が合計何人いるかを表す」指数である。
その記事からフェアユース導入国と日本の指数を下表に抜き出した。高い順から棒グラフになっているため順位はすぐに判別するが、グラフ上に指数が表示されているのはアメリカ(12.8)と日本(4.0)だけなので、順位のみを表示した。記事でも紹介しているとおり、就職する企業が少ないアフリカや南米諸国が上位を占めているが、アメリカは25位と先進国中のトップ。対照的に日本は68カ国中最下位である。
表1 フェアユース導入国の経済成長率&起業活動指数
導入年 | 国名 | 2014年GDP成長率[1]
(189カ国中の順位) |
総合起業活動指数
(2012年)[2] 68カ国中の順位 |
1976年 | 米国 | 2.43%(117位) | 25位 |
1992年 | 台湾 | 3.93%(75位) | 46位 |
1997年 | フィリピン | 6.13%(30位) | - |
2003年 | スリランカ | 4.46%(60位) | - |
2004年 | シンガポール | 3.26%(94位) | 29位 |
2007年 | イスラエル | 2.55%(112位) | 53位 |
2011年 | 韓国 | 3.31%(92位) | 52位 |
2012年 | マレーシア | 5.99%(34位) | 48位 |
未導入 | 日本 | -0.03%(171位) | 68位 |
出所
[1]「世界経済のネタ帳」
http://ecodb.net/ranking/old/imf_ngdp_rpch_2014.html(2016年4月20日閲覧)
[2]「これでいいのか ベンチャー活動、世界最下位の日本」『日経ビジネス』2014年1月20日号
日本版フェアユースの再検討
安倍総理は2013年の施政方針演説で、「日本を世界で最もイノベーションに適した国にする」と宣言、2015年春の訪米時に日本の首相として、はじめてイノベーションの聖地シリコンバレーを訪れた(写真は電気自動車メーカーのテスラモーターズ社でイーロン・マスクCEOと)。起業活動最下位国を一気にイノベーション最適国にするにはかなり大胆な改革が必要だが、その一つが米国で「スタートアップ企業の資本金」ともよばれるフェアユースの導入である。
4月18日、知的財産戦略本部は「知的財産推進計画2016」(素案)について議論した。参考資料1「次世代知財システム検討委員会報告書」の「2.デジタル・ネットワーク時代の知財システム」の「(3)方向性」には以下の記述がある。
「新たなイノベーションに柔軟に対応するとともに、日本発の魅力的なコンテンツの継続的創出を図る観点から、デジタル・ネットワーク時代の著作物の利用の特徴を踏まえた対応の必要性に鑑み、一定の柔軟性のある権利制限規定について検討を進める。併せて、著作権を制限することが正当化される視点を総合的に考慮することを含むより一層柔軟な権利制限規定について、その効果と影響を含め検討を行う。以上の検討を踏まえ、早期の法改正の提案に向け、柔軟性のある権利制限規定についてその内容の具体化を図る。」
「併せて」ではじまる「より一層柔軟な権利制限規定」がフェアユースを想定した規定と推測される。これが「知的財産推進計画2016」に採択されれば、「知的財産推進計画2008」および「知的財産推進計画2009」で取り上げられたが((中)参照)、所管する文化庁での検討で挫折して以来、7年を経て再検討することになる。
この間、米国ではフェアユースを認める重要判決が相次いで下されていること、導入国も増えていることなどから、グローバルな視点と7年で再検討が必要にならないような長期的な視野に立った検討を期待してやまない。