昔々あるところに、「リフレ派」という(自称)経済学者がいました。リフレーションというのは要するにインフレのことで、「インフレ派」というのは格好が悪いので、こういう名前にしたんだそうです。こんな奇妙な「派閥」が存在するのも日本だけで、ガラパゴス経済学の典型です。
彼らの主張は「日銀がお札を刷ってインフレにすれば、日本はデフレから脱却できる」というものです。このもとになった1998年のクルーグマン論文はなかなかよくできており、私も最初読んだときはなるほどと思ったものです。彼の論理は単純で
- 日本の不況の原因は「貸し渋り」ではなく、投資需要が低くて自然利子率がマイナスになっていることだ。
- 名目金利をマイナスにすることはできないが、インフレを起こせば実質金利(名目金利-物価上昇率)はマイナスになる。
- しかしゼロ金利では国債と貨幣は同じになるので、いくら貨幣を供給してもインフレにはならない。
- 中央銀行がインフレ目標を設定して「4%のインフレを15年間続ける」と宣言すればインフレは起こる。
というものです。この3までは正しいのですが、問題は4です。日銀がインフレを起こす手段をもっていないことはクルーグマンも認めているのに、彼はなぜか「日銀が約束すればインフレ期待が起こる」という。では日銀が期待を変えるメカニズムがはっきりしていなければならないが、彼のモデルでは期待は外生的に所与なので、中央銀行が変えることはできない。モデルとして破綻しているのです。
これは日銀の白川総裁も植田和男氏も指摘し、「クルーグマンの理論には論理的な『穴』があるので、日銀としてはとりえない」というのが彼らの結論でした。しかしリフレ派がうるさいので、2000年ごろから「時間軸政策」を採用しました。これは一定の効果があったというのが白川氏や植田氏の総括ですが、それは長期金利を抑制する効果で、リフレ効果ではありません。
そんなわけで、彼らの主張は日銀に無視され、学界でも忘れられたのですが、最近の金融危機でまた注目を浴びました。10年前の日本と同じ「デフレ・ゼロ金利」という状況がアメリカに出現したからです。しかし、かつて日銀に「インフレ目標を設定しろ」と迫ったバーナンキは、まったく人為的インフレ政策に言及しないし、クルーグマンは”There’s no realistic prospect that the Fed can pull the economy out of its nose dive”と金融政策の無効を宣言して、財政政策に専念しています。
すっかりハシゴをはずされた日本のリフレ派は四分五裂状態で、竹森俊平氏は「構造改革派」に転向してしまいました。飯田泰之氏も成長理論に軸足を移し、教祖の岩田規久男氏もリフレをまったくいわなくなりました。田中秀臣氏ひとりが「屋上の狂人」状態で、今度は政府紙幣に「転進」をはかっていますが、メディアも相手にしない。でたらめな話を誇大に宣伝して他人を中傷したことで、彼らの学問的な信用は失われたのです。
いかにも日本的な、みっともない「学派」の興亡ですが、教訓も少しあります。第一は、日本の経済学者があいかわらず「アメリカの学界の権威」に弱いこと。クルーグマンがスウェーデン銀行賞を受賞したとき、彼らは大喜びしましたが、その後かれは1998年の論文の話をしない。かつてインフレ目標を推奨したスティグリッツも、「インフレ目標なんかやめろ」と言い出す始末。
第二は、自前の理論も実証データもなしに、自分と違う意見を「経済学を知らない」などとこき下ろす党派的な傾向が強いこと。これは日本の経済学にまだマル経の影響が残っていることも原因でしょう。リフレ派の活動家にもマル経やマル経崩れが多く、そもそもマクロ経済学なんか知らなかった。彼らの振り回した理論は学部レベルのIS-LMで、今では専門家は使わない骨董品です。
彼らの引き起こした騒ぎは、およそ学問的な論争とはいえない醜いもので、英語にならなかったことがせめてもの救いでした。これはガラパゴスの唯一の取り柄ですね。これでリフレ派は壊滅し、ようやく日本のマクロ経済学も、まじめなオリジナルの実証研究が出てくるようになるでしょう。めでたしめでたし。