スタートアップ庁ができる:掛け声とは裏腹にどんどん起業が難しくなっている

3月4日の日刊工業新聞に政府によるスタートアップ庁創設の記事があり、その後3月15日に経団連からも「スタートアップ躍進ビジョン ~10X10Xを目指して~」という提言が出ていました。今般、産経が独自記事として「スタートアップ担当相新設へ 新興企業支援に本腰」と記事を発信しました。経団連の提言にはスタートアップ企業を今の10倍の10万社、スタートアップ投資額を今の10倍の10兆円、ユニコーン企業(10億㌦=1350億円の価値)の数を今の10倍の100社にという目標が設定されています。

経団連会館HPより

また、産経の記事には参議院選後の内閣改造で担当相が発表されそうな示唆となっており、スタートアップキャンパスや資金調達の支援、税制改革、規制改革も検討されるとあります。

スタートアップ、つまり起業ですが、世の中、昔とは違い、掛け声とは裏腹にどんどん起業が難しくなっています。例えば小売り一つにしても大手が扱わない隙間(ニッチ)ビジネスがあったとしてもあくまでも隙間であってメジャーになれないというジレンマはあります。ITやテクノロジー系となれば人材や資金面では内容によっては莫大なものになるでしょう。そもそも少子高齢化の日本に於いて起業して夢を追うのも難しいものです。ただ、起業が「既存の殻を破る」という意味であれば日本の産業構造の一部に変革が起きるかもしれません。

スタートアップというテーマなので私がそれまで勤めていた会社を買収した時の話を少しだけしましょう。親会社の倒産により海外子会社だった私が関与した事業は宙ぶらりんになります。が、現地事業は順調だったこととやりかけの不動産開発という特殊事情がありました。私はこの状況を「画家がキャンパスに絵を描いている途中で誰か他の人に引き継いでもらうようなもの」と日本の銀行を口説き落とし、買収のチャンスを得ます。

ダブルメインバンクだったため、誰でも知っているあの2つの銀行のそれぞれの本店営業部長2人が揃ってわざわざ当地まで来ます。私に「買収のチャンスの条件は1か月以内に買収金額の提示、資金調達、従業員の維持、完全守秘で本ディールに他人を巻き込まないこと」という縮み上がるような内容を通知してきました。社内を含め誰にも言わないということは相談相手はなしです。

買収金額の提示は会計士と不動産鑑定士に下地を作ってもらえばよいのでこれはとりあえず発注すればよいだけ。問題は資金調達です。仕掛の開発事業で銀行借入金引継ぎも含めた買収必要額は60億円を超えたのですがこれを1か月以内というのは現代ではほぼ不可能だと思います。私も銀行に折衝に行くも融資は50%までであとは自己調達せよ、とつれない返事。しかし、神風は吹くものでカナダの某大手銀行が「当行に乗り換えてくれるなら」と100%融資の提示を受けます。「あなたが良い仕事をずっとしていて注目していたから」と言われた時には結局積み重ねなのだと思った次第です。

1か月以内にその全ての条件を満たし、買収提示額を含め、買収意向書を銀行に送ったところ、日本の銀行にしては異例の3日間で買収了承を得ました。日本の銀行は絶対に達成できないと思ったのでしょう。あとで「あれは驚愕だった」と囁かれました。

ただ、私が今日のブログで述べたかったのはこの買収の話をしたいからではありません。企業買収とは買うことではなく、買ってからだということです。これが非常に苦戦したのです。紙面の都合で今日は省きますが、それこそ最後は細い紐一本の綱渡りという状態もありましたが、運にも恵まれました。

今週号の日経ビジネス記事にある鈴木喬エステー会長の言葉です。「周囲を見ていても、運の悪い人は何をやってもうまくいきませんが、逆に運のいい人は、何をやってもうまくいっています。両者を分けるのは人柄です。自分を含め、幸運な人は基本的に能天気です。ミスしても、怒られても、くよくよしません。ニコニコしています。愛嬌(あいきょう)があれば人が寄ってきます。そして幸運が転がりこんできます。逆に眉間にシワを寄せて、理屈をこねてばかりでは、運も離れていきます。『運は実力のうち』と言いますが、『運こそ実力』なのではないでしょうか」。これなんです。

日本のスタートアップ企業は奇妙に技術や凝り固まったものが多いのですが、人々が求めているものは案外全然違うところにあったりします。もっと肩の力を抜いて深呼吸して何をどうしたらよいのか、冷静になって考えることだと思います。その商品やサービスは本当に人が求めているものなのか、一人よがりではないのか、振り返ってみることも必要です。

それと失敗を許さない日本文化と失敗を積み重ねてこそ立派な経営者になれるという二律背反したこの状況をどう乗り越えていくのか、ここが日本のスタートアップが苦戦するところだと思います。私を含めて失敗しなかった経営者などいないと断言します。その失敗もひとつや二つではないでしょう。ではなぜ、会社がそれでもうまく回るのか、といえば失敗した時にどつぼにはまらない英断ができるか、なのです。これが出来てこそ本当のスタートアップの成功者だと思います。

最後に、日本にはニッチビジネスはないとされます。仮にあったとしてもすぐに物まねされます。ところが海外は隙間だらけなんです。なので起業するなら海外の方がはるかに面白いし、チャンスも大きいと思います。海外で苦労するのもまたおつなもの、と私は思っています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年7月3日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。