「一体改革」に関する政府試算の最も甘い部分は、厚労省が試算した「社会保障の機能強化」の2.7兆円という数字である。
厚労省は奥ゆかしくも、消費税5%引き上げで得られる税収のうち、わずか1%分しか使いませんと言っているわけであるが、そんな金額で済むわけがない。厚労省に騙されてはいけない。
ダムではないが、小さく産んで大きく育てるというのは、介護保険制度でもわかるように、厚労省の「常とう手段」である。まずは法案を通すために少ない予算に見せかけておいて、法律が通った後は、やっぱり1%では足りませんでしたとして、追加の請求書を回すのである。法律を通して制度が動いている以上、政府も追加予算を認めざるを得なくなる。
具体的に、機能強化分の2.7兆円とは、「社会保障の充実分」3.8兆円から、「社会保障の効率化」で削減されるとしている1.2兆円を差し引いた金額となっている(3.8兆円─1.2兆円=2.7兆円(四捨五入の関係で一致せず))。
■社会保障の充実3.8兆円は過少計算
しかしながら、まず第一に、この充実額の3.8兆円は明らかに過少計算である。
このブログで以前書いたように、「成案」の中で「幼保一体化」による子育て支出増として挙げられている7000億円は、単に厚労省の予算のみが計上されているにすぎない。しかし、それだけでは、保育所やこども園は建たず、運営もできないのである。
なぜならば、現在の認可保育所の運営費は、厚労省予算の保育単価だけではなく、実際には保育士の給与等に、地方が相当額の公費を入れてようやく成り立っている状態であるからである。
また、待機児童対策には、新しい施設の建設や旧幼稚園の調理施設新設等が不可欠であるが、7000億円の中には、こうした施設整備に対する公費負担分が全く入っていない。こうした地方負担分と施設整備費交付金分をきちんと考慮すれば、かなり少なく見積もっても1.1兆円ぐらいを追加計上する必要がある(表の中の(1))。
■社会保障の効率化分1.2兆円は過大計算
第二に、「効率化分」として挙げられている1.2兆円は明らかに過大計算である。
効率化分とはいったい何を指すのか。「成案」にある内訳試算を見ると、まず、病院の平均在院日数減少で4,300億円削減できると書かれている。
しかしながら、これはまさに「空想の世界の話」であり、過去、病院の平均在院日数が減って医療費が減少した事実はない。
2003年から、DPC(診断群分類別包括制度)という入院医療費の定額払い制度が導入され、現在、1000あまりの病院で入院の在院日数を減らす実験が行われている。その検証結果をみると、在院日数が減っても医療費は全く減少していない。
それは当然の話で、病院にとっては医療費収入が減ると言うことは、病院の経営がその分苦しくなると言うことである。病院は、在院日数を減らされても、赤字経営にならないように、さまざまな対抗措置を講ずるのである。
具体的な対抗手段としては、まず、これまで入院してから行っていた諸検査を外来時に行うことが挙げられる。MRIやCTスキャンなど、入院医療費をかなりの部分押し上げているのは、入院後の検査費用であるが、DPC病院では、在院日数を減らすために、外来で検査を行うようになった。これでは、総医療費は変わらない。
また、在院日数を減らす分、入院患者の回転率を上げることも行われる。診療報酬が高いうちだけ入院させ、どんどん患者を入れ替えて、一度退院させた患者も、しばらくしたら再入院させれば、医療費を減少させずに済む。
さて、「成案」には、この平均在院日数減少の他、生活習慣病予防や介護予防でそれぞれ1200億円、1800億円もの費用が減少するとも書かれている。しかしながら、これも「全く絵に描いた餅」であり、予防で医療費・介護費が減ると言う事実はほとんど存在しない。
意外に思われるかもしれないが、医療経済学、公衆衛生のアカデミックな論文で、予防で医療費・介護費が減ったことを報告している論文は、私の知る限りほとんど存在しない。多くは、むしろ予防で費用が増えるというものである。
それは良く考えれば当たり前の話で、予防のメインは健診を徹底化することである。しかしながら、健康診断を受けようとしない人々とはそもそもどういう人かと言えば、生活習慣に何か後ろめたいことがある人、病気をもっている可能性があると自分で思っている人である。
こうした人々に、強制的に健診を行えば、かなり高い確率で、何かしら病気を見つけてくるのである。病気が見つかれば治療をせざるを得ないので、予防で返って医療費は増えることになる。さすがに、「がん」ぐらいは予防で早期発見する方が医療費が減りそうに思うかもしれないが、多くの論文は「がん」でさえ、予防でむしろ医療費が増えることを報告している。
これは、健診せずに「がん」に気づかなかった人々は、気づいた時には既に手遅れの状態となっているからである。手遅れなので医療費をあまりつかわずに亡くなってしまう。その意味で、医療費が例えかかっても、がん検診などで早期発見をすることは患者にとっては良いことであるが、しかし、それで医療費が減ると言うのは間違いである。
介護についても、残念ながら、予防で介護費が減ると言う事実は、アカデミックな論文ではほとんど報告されていない。効果があるとする論文も、費用的にはほとんど無視しうる大きさであると報告されている。こうしたことを考えると、表中の(2)にある金額は全て、効率化分1.2兆円から削除する必要がある。
■成案の負担を削った追加費用が計上されていない
最後に、昨年7月の「成案」から今年1月の「素案」作成までの間に、民主党が削り落とした分の国民負担増案について、きちんと追加費用を計上する必要がある。その内訳は、表の(3)の通りである。年末に決まった介護報酬の大幅プラス改定も、一体改革に含んでいたものではないから、きちんと計上すべきである。
このように、表の(1)から(3)の金額を合計すると、2兆5499億円が、機能強化分として追加計上されなければならない。これを厚労省が機能強化分として挙げている2.7兆円に加えると、金額は5.3兆円に増えることになる。
つまり、機能強化分として厚労省が使う消費税率は、実際には1%ではなく、2%なのである。小宮山厚労大臣をはじめ、素人ぞろいの野田政権では、こうした試算のチェックすらできない。
せっかく消費税を5%引き上げても、このように社会保障のさらなる拡大、バラマキに使ってしまえば、財政再建効果は無くなってしまう。社会保障費はむしろ今よりも効率化、削減するぐらいでないと、とても財政再建の達成は無理である。
編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2012年2月9日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。