「安倍さんはなぜリベラルに憎まれたのか」では、中国・韓国・北朝鮮との外交にかなりの紙幅をさいているが、多くの人の誤解と違って、強硬一点張りでは無く、硬軟取り混ぜてメリハリがはっきりした見事なものだった。
中国や韓国を、毛嫌いする人もいるが、忌避するだけでは国益は守れない。鎖国しても損するだけだ。間違いなく近い将来に世界一の経済大国になる国が近くにあって、同じ漢字文化をもっているというほどの幸運はないのである。
しかし、それが軍事的脅威であることも間違いないのであるから、なにごとも、押したり引いたりが大事だ。
安倍晋三元首相は在任中、遠慮せずに「中国の脅威」や「国際的包囲網の必要性」を世界に訴え、集団的自衛権の確立も含めて同盟国アメリカが大喜びするほどの「国防力の強化」を実行した。
しかし、一方、中国の習近平国家主席に対しては、安倍氏は中国の利益のために何が必要かを親身になって説き、ドナルド・トランプ米大統領(当時)との付き合い方も伝授した。
そうして築いた信頼関係のうえに、コロナで中止されたが「国賓」としての訪日も計画された。反対する人も多かったが、私はいずれせざるをえない天皇陛下の訪中に向けて、もっとも相手が評価するタイミングで行うことが長期的にんみて大事で、コロナで延期されたが、賢明なタイミングだったと思う。
そうした相互理解があったからこそ、安倍氏の死去に際しても中国は丁重な弔意を表した。
韓国とは、朴槿恵(パク・クネ)大統領の「告げ口外交」に感情的にならず門戸を閉ざさないように対応し、慰安婦問題では米国も巻き込んで、「最終的かつ不可逆的な解決」を条件に譲歩して、韓国の顔を立て、日韓関係好転のシナリオを描いた。
それを反故にした文在寅(ムン・ジェイン)大統領には一歩も引かず、相手にしなかった。譲歩しては、不可逆的な解決が崩れるから当たり前だ。
その結果、韓国では保守政権に政権交代がおきたのだから、「反日」が政治的得点に結びつくという神話に終止符を打てた。
それに比べて、岸田文雄首相と林芳正外相の外交は、大きな方向として間違ってないのだろうが、メリハリがついてない。
首脳外交も外交官同士の話し合いで立場が歩み寄ってから会う方針のようだが、首脳が没交渉であることは世界外交の場で不利だ。安倍氏の力の源泉は、世界の首脳の人柄をよく知り、信頼関係があることで、各国首脳は安倍氏からトランプやプーチンとどう向かい合えばいいのかアドバイスを聞くのを評価した。
そういう意味で、岸田首相も原則論を断固崩さない一方、個人的な友情や信頼関係はつくる工夫もいるのではないか。例えば、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領とは就任前に会っておいてもよかったと思うし、尹錫悦に甘くしてはいけない一方、融和的な姿勢にも応えなくてはならない。その塩梅が問題なので、白か黒かではない。
林氏も「親中過ぎるのでないか」という批判に、拳拳服膺(けんけんふくよう=人の言葉などを、心にしっかりと留めること)などと抽象的に語るだけでなく、安倍氏のようにアピール力ある言葉で「林ドクトリン」と呼ぶべき自分の考え方を発信してほしいと思う。
防衛力強化については、自民党は4月26日の安全保障調査会で、「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」をまとめた。相手領土内にあるミサイル発射台や司令部などへの「反撃能力」(敵基地攻撃能力を改称)を保有することや、防衛費は「対GDP(国内総生産)比2%以上」を念頭に5年間で増額するよう訴えた。政府は年末までに、国家安全保障戦略や防衛大綱などを改訂するとしており、岸田首相も「自民党の考え方をしっかり受け止めたうえで議論を進めたい」としている。
この提言をまとめた小野寺五典元防衛相は「党の方針として了承されたものだから、首相がこれをしっかり実行していただけるかだ」と語る。途中経過はどうでもいいから、結果を示して欲しい。
安倍氏の敷いた路線そのままやれとはいわないが、腰砕けにならないように切に望みたい。ここは、世界への意思表示としても、「日本の覚悟」を目に見えるかたちで示すことが重要だと思う。
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