コロナがやっと一段落し始めたイギリスだが、夏休みが終わった途端にエリザベス女王陛下が崩御されるという 歴史的な出来事が起きてしまった。
イギリスの雰囲気は日本で昭和天皇が崩御した時とはだいぶ違う。喪の期間は崩御から葬儀までの 10日間と大変短く、ミュージカルや音楽イベントなどはそのほとんどが通常通りで、ビジネスも学校もいつも通りである。
店も9月19日の葬儀の日は休みになるところもあるが、全国で喪に服すわけではない。また崩御に関して話題にする人も実に少ない。王室に対する認識が、 特に若い世代の間ではかなり変わっているということを感じた。
とにかく日本に比べると、王室に対する態度が軽いのである。
崩御後にイギリスの多くの人々がバッキンガム宮殿と女王の住居であるウィンザー城の前に集いお悔やみを伝えようとしていた。
ところがここで大変驚かされたのは、新しい国王であるチャールズ3世とカミラ妃、さらにウィリアムとハリー夫妻が登場した際の人々のリアクションであった。
一般のイギリスの人々は柵を乗り越えて 王族の人々に触ったり握手を求め、 スマホで自撮りを撮りまくっていたのである。
さらになんと中年の女性の中にはチャールズ3世を捕まえてキスをする人も多数目撃された。
さすがに日本だったら皇室の人にキスをする人はいないだろう。日本では有名人に対してもハグやキスをする人を見たことがない。
スマホで撮影する人々の数は非常に多く、 おそらくこのイベントの後で彼らは自分のSNSに王族との写真をアップするのであろう。
王族を見に行くのはインスタやTikTokのネタにするためだ。
大声で名前を呼ぶ人や歓声をあげる人、大笑いする人も多く、 葬儀というよりもプロレスの会場で猪木や馬場、ブッチャーに声援をあげるファンに近いものを感じ(昭和世代の感覚だと)、どうみても「猪木祭」であった。
はっきり言ってこの会場にぴったりな音楽は「イノキボンバイエ」である。
確かにケイト妃の顔を叩いている一般人もいたので、まさに猪木のビンタである。(方向は逆だが)
この場に押し寄せた一般人はヨレヨレの T シャツを着ていたり、花柄や実にカラフルな服装の人が多く、喪服の人は皆無である。
高度な肥満体の人が多く、女性はギラギラのデコネイル、金髪に頭を染めているがプリンになっている人だらけで、小さな子ども連れの女性や中年女性が多い。こんな人が大勢来る場所にもベビーカーを押して子供を何人もつれてくるパワーがすごい。腰痛持ちの私には無理である。
イギリスは相変わらずコロナ感染が多く、医療機関は悲惨な状態だが、誰もマスクをしておらず、コロナは怖くないのだろう。私は日本からイギリスに戻った途端にコロナ感染してひどい目にあったので、相変わらずFFP2のマスクを着用し、人混みは避けている。
恐らく彼らの大好きなテレビ番組はITVの「Britain’s Got Talent」や「イーストエンダーズ」(長年放映している朝ドラ系のドラマ)で、好きな娯楽はビンゴとギャンブルにサッカーとディスコ、好きな食べ物はピザとマクドナルド、好きなブランドはプライマーク(イギリスのシマムラ)、夏休みはイビサ島やギリシャ(イギリス人向けの新島)に行くのが楽しみなのだろう。 好きなスーパーは多分TESCOだ。(日本のイオンに該当)
まあ要するにイギリスの一般民が、いつもの格好で来てしまったという風情なのだ。
そもそもこの国の大半の人々はおしゃれとは無縁で、ベネディクト・カンバーバッチの様なイケメンや紳士はほとんど存在しない。
シマムラやワークマンの服が「すごくおしゃれね。どこで買ったの?」と言われてしまう感じだからだ。
そして、なぜか人口の半分近くが外国生まれで、地域や学校によっては有色人種が60−80%というロンドンにおいて、バッキンガム宮殿やウインザー城に押し寄せる人々は白人だらけで、アフリカ系やインドやパキスタンなどの南アジア系がいない。
彼らはどこで何をしているのであろうか。
金融やIT業界は部署によっては80%がインド系や中東系だったりし、大学の研究所も外国人だらけで白人は少数派だったりする。ロンドンの私立進学校は90%以上が有色人種だったりするのだ。
普段のロンドンとは随分違う光景である。
この白人の人々は普段は一体どこに住んでいるのであろうか。街で見かけることは実に少ないので謎である。
さらに驚くべきことに王族の人々もにこやかに写真撮影や雑談に応じているのである。
もちろん握手は素手で誰もマスクをしていない。安倍さんの暗殺の件があったので、見ていてヒヤヒヤした。イギリスではロシアのスパイによる謎の病原菌や放射性物質での暗殺があったのだが、セキュリティは大丈夫なのだろうか?
しかし自分達の母親や祖母である女王陛下が崩御した直後に一般民と笑顔で接するというのは大変な衝撃である。少なくとも私の記憶では女王陛下はこの様に一般の人とキスを交わしたり、ベタベタと握手はしていなかったからである。
女王陛下はビクトリア女王に仕えた首相であるベンジャミン・ディズレーリが提唱した「絶対に苦情をいわず、絶対に説明せず」 (never complain, never explain)を自身の母が王室の非公式なモットーにしたのに従い、忠実に守ることで威厳を保っていたので、ポッドキャストもブログもやっていなかったし、自身の意見を表明することもなかった。他人との身体的接触も最小限である。
しかしこの一般人と若い王族達の振る舞いには、国民性の違いのようなものを感じる。
日本の感覚が当たり前のような気がする自分はただの古い人間なのだろうか。王室や皇室ではなくても、一般の方のお葬式の場合でも、親族と笑顔で歓談するのは抵抗がある。
日本の昭和天皇の記帳に訪れた人々の厳かさや、 安倍元首相の献花に訪れた人々がほとんどが喪服で、 悲しみを湛えた表情であったのと比べると何という違いであろうか。
特に安倍元首相の際は、美しい喪服を着た女性が目立ち、若いスーツ姿のサラリーマン、学校帰りの制服の学生さん、普段着の人も実に小綺麗な服装であった。私の知人や友人達も献花や取材に訪れたが、テレビで見るように小綺麗な人が多かったよとのことである。もちろん献花の場で大騒ぎする人はいない。
ところが1970年代や1980年代の動画を見てみると、 イギリスの人々は王族がお出ましになる際にほとんどの人が写真すらとっていないのである。 握手を求める人は皆無で遠巻きに眺めるという感じで、 声をあげる人も話しかける人もほとんどいない。
イギリスの人々の服装も 今よりもはるかにフォーマルで、 スーツ姿の男性やワンピースの女性が目立っている。 当時はTシャツは下着のような服だと思われていたし、 人に会う時にはジーンズでは失礼だと思われていたような時代である。
家人のお爺さんとお婆さんは買い物に行くのにもスーツやワンピースで、夕食の時は綺麗なよそ行きに着替えていたそうだ。彼らは北部の炭鉱町のそれほど裕福ではない家庭の人々だ。そして当時は皆日曜日には教会に通っていた。
買い物は生協の共同購入、皆貧乏で海外に行くことはできず、アボガドは手に入らず、パスタは変わった外国の食べ物で、テレビは3チャンネルしかなかった。
今は教会に通う人は減ってしまい、潰れるところばかりなので、途上国の移民を勧誘したり、教会をアパートに改造して売り飛ばしている。
非正規社員だらけなのでスーツすら持っていない人も多い。夕食はダイニングテーブルではなく、テレビの前のソファで冷凍のピザやハンバーガーを食べて終わりだ。
テレビは100チャンネル以上あって、皆地上波は見ていない。
休暇はスペインやギリシャで、イギリス料理よりタイ料理やトルコ料理が人気だ。
王室に対するイギリスの人々の態度は時代の変化もあるのだろう。
イギリスの人々にとって現在の王族というのは、 恐らく何か神聖なものとかというよりも、芸能人やインスタの有名人なのだ。
それに気がついたのは、子供の学校の親達のメーリングリストである。崩御から10分ぐらいしてある親が「私達のラブリーな女王が死んじゃったわ!」と投稿したのである。
その直後に他の親達が投稿したのは
「何々君誕生日おめでとう!」
「誕生日ケーキありがとう!!ハッピーバースデイ!!」
「明日の体操着は何なの?」
であった。
日本であれば、いくら学校のメーリングリストでも、天皇崩御となったら「ラブリーな天皇が死んじゃったわ!」と投稿する親はいないだろう。
さらに「ハッピーバースデー!!」という投稿も自粛する気がするのだが、彼らが王族をインスタの有名人と同じ様に思っていれば納得がいく。
なんとなく国民性の違いというか、世代の違いというか、何か違和感を感じてしまった私は多分保守的で古い時代の人間なのだろう。
そんな保守的な自分は、一応数少ない日本人なので、日本人のイメージを損ねてはならぬと思い、
女王陛下の崩御に関して、心からのお悔やみを申し上げ、大英帝国並びにコモンウェルスの皆様の悲しみを共有いたします。女王陛下は強く、エレガントで、素晴らしいリーダーシップをお持ちでした。
という感じの「格式高いお悔やみ」を投稿した。
50代の大学教員である家人に言わせると、その内容も投稿も妥当だし、こういう機会には礼儀に沿うべきだ、「まともな」イギリス人なら喜ぶよ、ということである。
ところが、謎の東洋人によるこの格式張ったメッセージは親達に驚かれたのか、その後の数時間に渡ってメーリングリストへの投稿がストップしてしまった。
ママ友の世間話に、フルアーマー野武士が登場した感じであろうか。
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