本格的な保守政権だったトランプ政権
ドナルド・トランプ前大統領は現代米国の価値基準に照らし合わせれば、極めて保守的な大統領だった。
在任中、彼は最高裁に保守派の判事を計3名、下級裁判所に至っては200名以上の判事を任命している。トランプ氏が牽引した司法の保守化は保守派の悲願であった人口妊娠中絶の権利を定めた判決を撤回させることつながった。また、トランプ氏は伝統的に財政保守的な支持基盤の意向に沿い、減税と規制の廃止も行っている。そして、武力行使に消極的という米国保守の特徴も受け継いでいた。
米国の保守派大きく分けて、宗教右派、財政保守、そして非介入主義に分類される場合もあるが、上記で紹介してトランプ氏の実績から、それらの集団のほぼすべてが望む政策を推進していたことが分かる。
それゆえ、共和党の中でも、トランプ氏個人は嫌いだが、彼の大統領としての実績は評価するという人も多くいる。
元民主党員のトランプ
だが、トランプ氏自身は根っからの保守主義者ではない。
彼は元々、民主党員であり、ヒラリー・クリントン元国務長官にも政治献金を行っていた過去がある。民主党員であった理由は、民主党が強いニューヨーク州で不動産業を営む上で合理的だったという商業主義的な意味合いもあっただろうが、彼自身が民主党が掲げる価値観にある程度共鳴していたことも背景としてあったはずだ。
2007年にトランプ氏は共和党より民主党の経済政策が優れていると述べており、リベラル派が支持する傾向がある人工妊娠中絶、大麻、同性婚の合法化を早い段階から容認していた。
そのような過去から、トランプ氏は教条的な保守主義者になりきれないでいる。
中間選挙の敗因は人工妊娠中絶?
中間選挙で予想以上に共和党が勝てなかったことから、党内からトランプ氏に原因を求める声があがったが、トランプ氏は自身のSNSで敗戦責任を否定した。否定するどころか、共和党が思うように伸びなかった理由が人工妊娠中絶で過激な立場を取っていた候補のせいだったと持論を説いている。
“It wasn’t my fault…” pic.twitter.com/c01P2zIxO7
— Chris Megerian (@ChrisMegerian) January 1, 2023
トランプ氏は過激な発言で物議を醸す一方、どのイシューが政治的に人気かそうではないかをかぎ分ける優れた政治的嗅覚を持っている。それは2015年の段階から当時の共和党内で少数派と見られていた厳しい国境管理政策の必要性を主張していたこと、最高裁が人工妊娠中絶の権利を撤回することが女性層の離反を招くことを見通していたことから明らかである。
ペンス副大統領にチャンス到来?
中間選挙の敗因が人工妊娠中絶のせいだとするトランプ氏の発言は宗教右派から反発を浴びている。そして、トランプ氏が人工妊娠中絶に例外規定を設けるべきだという主張を続ける限り、宗教右派はより厳格に人工妊娠中絶の禁止を主張するトランプ氏以外の候補に鞍替えする可能性がある。
その候補のうちの一人がペンス元副大統領である。ペンス氏は敬虔なキリスト教徒で、人工妊娠中絶がいかなる場合も認められないという立場を取っている。人工妊娠中絶の権利を認めるローvウェイド判決が撤回された際、トランプ氏が政治的反発を恐れて曖昧な態度を取る一方で、ペンス氏は即座に支持を表明しており、全米で人工妊娠中絶が違法化されるように取り組むことを示唆した。
ペンス副大統領が大統領選に出馬をするとなれば、人工妊娠中絶についての立場での違いでトランプ氏との差別化を図るであろう。トランプ氏の人工妊娠中絶へのスタンスは全米規模で見れば多数意見ではあるが、共和党の中ではペンス氏の厳格なスタンスの方が支持を集めるはずだ。
トランプ氏は予備選で勝つために、これまでのように政治的主張を変えて、ペンス氏寄りの立場を取るかもしれないが、それが彼の真意ではないことは明らかであり、今のままでは共和党の大票田である宗教右派はペンス氏に取り込まれてしまうだろう。
元民主党員であるトランプ氏の経歴は、再選に向けて意外な障壁となるかもしれない。