アイヌは「先住民族」ではない(アーカイブ記事)

池田 信夫

日本保守党が「アイヌは先住民族ではない」と記者会見したことが話題になっている。

2019年にアイヌ施策推進法で、アイヌを「北海道の先住民族」と規定したが、これは歴史的には誤りである。先住民族は単に「近代国家より前に住んでいた民族」という意味ではない。

国連などのいう先住民族(indigenous peoples)は、近代国家に征服されたアメリカ原住民(インディアン)やアボリジニなどの被征服民族をさす政治的な概念で、自決権があるとされる。アイヌはそれに該当しない。

アイヌより前に「縄文人」が北海道に住んでいた

次の年表は北海道教育委員会の作成したものだが、「アイヌ文化期」は13世紀以降であり、それ以前に縄文人が北海道に住んでいた。縄文時代の気温は今より3℃ぐらい高かったので、北海道は生活に適していたのだ。

最近のDNA解析でも明らかになったように、4万年前から日本列島に住んでいたのは縄文人であり、これは遺伝的には琉球人と近い。そこに北方系が混じったのがアイヌである。

瀬川拓郎氏によれば、3000年ぐらい前に弥生人が大陸から日本列島に入って農耕を開始したが、縄文人の一部はそれを拒否して北海道で狩猟・漁撈・採集で生活し、独自の文化を形成した。それを蝦夷と呼ぶようになったのは中世以降である。

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蝦夷を征伐する征夷大将軍は律令国家の重要なポストだったが、中世には意味がなくなった。蝦夷は戦争に弱く、ほとんど抗戦しなかったからだ。

国家への同化を拒んだアイヌには、農耕民族と思われがちな日本人の「古層」にある狩猟採集民族の形跡が残っている。それは折口信夫が「まれびと」と呼び、柳田国男が「山人」と呼び、網野善彦が「無縁の民」と呼んだ日本のマイノリティだが、今ではそのなごりはほとんどない。

「アイヌ」は1万人余りしかいない

日本人は「単一民族」ではなく、遺伝的には縄文人と弥生人の混血である。アイヌは縄文人の変種だが、次の写真のように顔の骨格などに北方系の形跡がある。

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多くの縄文人は弥生人とまじわり、平和的に今の日本人になったが、農業をしない縄文人の一部が北上あるいは南下し、アイヌや琉球人になった。小集団の中の同調圧力が強く、トップダウンをきらう縄文人の習性は国家形成には向いていなかった。私はアイヌだと自称する人は、今は1万人余りしかいない。

したがって遺伝的にも歴史的にも、アイヌを先住民族と呼ぶことは誤りである。アイヌをアメリカ原住民のような被征服民族と一緒にし、それを批判する人を「ヘイトスピーチ」と呼んで弾圧するキャンセルカルチャーは、日本で繰り返してはならない。