日銀総裁人事でまた大誤報をやった日経の焦り

再三「雨宮副総裁の昇格」の失態

異次元緩和政策の転換がかかった日銀新総裁に植田和男氏(元・東大教授)が就任することが決まりました。事前の予想に全く挙がっていなかった金融政策の代表的学者で、サプライズ人事となりました。

岸田政権として、アベノミクス・異次元金融緩和に区切りをつけていく姿勢を暗示するには、いい人選になりました。日銀審議委員を7年やり、実務にも通じており、金融論と政策論を踏まえた仕事をすることでしょう。

何ごともなかったかのように植田和男氏の就任を伝える日経新聞

有力視された雨宮副総裁の昇格では、政策転換のニュアンスを示唆できないし、財務省OBからの人選も避けた。植田氏は記者団に囲まれて「現在の日銀の政策は適切である」と、総裁人事に過敏になっている市場に配慮する発言をするなど、バランス感覚はあることを示しました。

もう一つのサプライズは、経済専門紙の日経が「日銀総裁雨宮氏に打診」と、6日夕刊、7日朝刊で幻のスクープを放ったことです。8日のオピニオン欄でも論説員、証券欄では担当記者が解説コラムの中で同じ表現を使うなど、日経はよほど雨宮説に自信があったとみられます。

雨宮説は官房副長官が「事実ではない」と否定し、岸田首相は「観測気球でしょう」と素気ない反応でした。他紙もまったく後追いせず音無しだったので、私は日経の勇足ではないかと思い始めていました。

官邸側のリークでしょうか、10日に「総裁に植田氏」の報道が一斉に流れ、記者団に囲まれた本人も否定はしませんでした。11日朝刊は各紙とも1面トップの扱いで、日経は「総裁に植田氏、雨宮氏は就任辞退」で、「雨宮氏辞退」を強調する仕立てでした。

日経は3面で「政府が本命視していた雨宮氏が、今後の金融政策には新しい視点が必要だと固辞した」と、解説しました。多くのメディアは「雨宮氏が最有力」を流していましたから、候補の一人であった。誤報に終わったのは、経済紙としてスクープしたいという焦りからでしょう。

日経の記事(6日夕刊)を読んで、私はおかしいなと思ったのは、「複数の政府・与党幹部が雨宮氏への打診を明らかにした」との表現でした。「極秘の人事を複数の幹部が知っているはずもなく、洩らすはずもなかろう」ということでした。

読売新聞は11日朝刊解説で「人選は首相、側近の木原官房副長官らが水面下で検討を重ねた。その結果、1月下旬で植田氏の起用が固まった」と、書いています。固まったのは「1月下旬」だそうです。

日経が幻のスクープを放ったのは2月6日夕刊、7日朝刊です。読売の記事が正しければ、日経がスクープと思って書いた時には、雨宮説がすでに消えていたことになります。それなのに「雨宮氏への打診」と書いてしまったのは、他社に先駆けたいという焦りからきた思い込みでしょう。

政府が国会に14日に人事案を提示することを決めた段階では、植田総裁が確定していたとみるのが至当です。日程からみても、すでに1月下旬には「雨宮総裁」はなかった。消えてしまっていた人事案をスクープと思い書いた。

日経に求めたいのは、誤報の検証記事です。異次元緩和からの転換がかかり、総裁人事としては、異例なほど注目度が高かった。さりげなく、もっともらしく、あっさりと「雨宮氏が固辞」で済ませる話ではない。市場の動揺も誘ったし、実害を被った投資家もいるでしょう。

日経は10年前の13年9月にも、「米FRB議長(中央銀行総裁)にサマーズ氏、副議長にブレイナード氏(女性)」と一面トップで書き、これも幻のスクープに終わりました。確か顔写真に経歴を添えていました。経歴まで掲載する人事は「これで決まり」と新聞が考えた時に限ります。

日本の新聞が米国の総裁人事をスクープできたら、ものすごいことです。その案は、実際に存在はしていました。オバマ大統領が考えた案に議会の承認が難しいとなり、結局、断念したのです。

日経がスクープと思った時には、すでに消えていた案だったのです。新議長がイエレン氏に正式に決まった10月10日朝刊では「本命辞退、異例の展開」、「迷走した人事はオバマ政権の求心力の低下を象徴する」と書きました。今回と全く同じ展開、似たような扱いです。

「辞退したから誤報ではない」ではなく、「スクープを書いた段階では、すでに消えていた人事案」を書いたのは、明らかに誤報なのです。

大誤報になったのに、検証記事はありませんでした。小さなミスはすぐに訂正する。影響の大きなミスほどは訂正しない。今回は誠意をもって、取材過程を検証し、誤報に至った経緯を釈明すべきです。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年2月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。