膨大な仕事や達成不可能と思える目標を前に絶望的な気持ちになる、そんな経験は誰にでもあるはずだ。
一方で、同じくらいの仕事量や目標を与えられても、涼しい顔でこなす人もいる。これは能力の差かというと、実はそうとはかぎらない。
世界的に有名な俳優ウィル・スミスは、達成不可能と思えることも視点を変えることで乗り越えられると、幼少期に気づいたという。そして、その気づきが彼の後の成功につながったのだ。
膨大な仕事や達成困難な目標を乗り越える時、我々はどんな視点を持つべきなのか。幼い頃のウィルの物語を皮切りに、時短コンサルタントの立場から考えてみたい。
父親から与えられた不可能なミッション
マーク・マンソンの『Will(Penguin Press 2021』では、ウィル・スミスのあるエピソードを紹介している。
ウィルは11歳の時、父親が経営する店の前にあるボロボロの壁を、弟のハリーと一緒に建て直すよう指示された。新しい壁は高さ約4メートル、幅約6メートルにも及ぶ大きなものになる予定だった。
壁の撤去は父親が行った。残った大きな穴を見て、ウィルは信じられない気持ちになった。ここに新たに壁が立つことはないと確信したという。
ウィルとハリーは約1年にわたり、毎日学校帰りに父の店に通うことになった。足場を掘ることからコンクリートを混ぜてバケツを運ぶことまで、全て自分達で行った。週末も休日も関係なく取り組んだ。父親が1日も仕事を休まなかったからだ。
ウィルは何度も大きな穴を見ては、先が見えないことに絶望した。死ぬまで毎日コンクリートを混ぜてバケツを運び続けるのだろうと想像した。
作業は延々と続き、雨でも猛暑でも、体調が悪い日でも関係なかった。
ウィルが「人生で最もインパクトがあった」と語る成功法則
ある日二人が「なんでこんなことやらないといけないんだ」「終わるわけがない」などと文句を言っていると、それを聞きつけた父が二人に近づいてきた。ウィルの手にあったレンガをひったくると、それを見せながら次のように話した。
壁のことなんて考えるな!壁なんてない。あるのはレンガだけだ。お前らの仕事はレンガを完璧に並べるだけだ。並べたら次のレンガを取って完璧に並べる。そしたら次のレンガを取る。壁のことは忘れて、目の前のレンガ一つだけに集中しろ。
(引用:『Will Mark Manson Penguin Press 2021 )
この言葉は、人生で最もインパクトのあった教えの一つだったとウィルはふりかえる。
ウィルはレンガ一つだけに目を向けると、作業がグッと楽になることに気がついた。壁に意識を向けると作業は永遠に終わらないように感じた。でもレンガ一つ並べるだけならなんてことはなかった。時が経つにつれレンガは積み上がり、穴は少しずつ小さくなっていった。
ウィルは自身のキャリアをふりかえって、次のように語る。
大学に入るためにテストで一番を取ったり、世界的に有名なヒップホップアーティストになったり、ハリウッドで成功する。そんな一見達成不可能と思える目標も、取り組める小さいタスクに分解することができる。超えられそうにない壁はレンガが積み重なってできてるんだ。(引用:同上)
ウィルはこの30年間、失敗、喪失、離婚、死別をはじめ様々な経験をした。それでも毎日レンガを並べ続けたという。
『何に直面していようが、必ずレンガが目の前に置かれて並べられるのを待っている。問題はそれを並べるかどうかだ』と同書のなかでウィルは説く。
どんな困難な状況でも、とにかく目の前のレンガ一つだけに目を向ける。それがウィル・スミスが常に心がけてきたことだったのだ。
人生と砂時計に共通すること
小さいタスクに目を向け続けたことで救われた人物は他にもいる。D・カーネギーの著書『道は開ける(創元社 2016)』から、ある人物の物語をあわせて紹介したい。
メリーランド州ボルティモア出身のテッド・ベンジャミーノは戦時中、慢性的な不安と戦闘による極度の疲労で痙攣性横行結腸(けいれんせいおうこうけっちょう)となり、激痛に襲われていた。
彼は歩兵師団で死傷者記録係をしていた。戦死者、行方不明者、病院への収容者を記録・整理し、兵士たちの手荷物を両親や近親者のもとへ送り返すのが任務だった。
テッドは取り返しのつかないような大失敗をするのではないかと不安に駆られ、絶えず心配ばかりしていた。心配と体力消耗のために15キロもやせた。両手とも骨と皮だけとなった。半狂乱の状態となり、ついに陸軍の診療所に収容された。
そこである軍医に言われた助言が彼の人生に大きな影響を与えた。軍医は病気を精神的なものと考え次のように助言した。
テッド、君の人生を砂時計と考えてみるんだ。砂時計の上部には、無数の砂が入ってくる。そして、それらの砂はゆっくりと、一定の速度で中央のくびれた部分を通過していく。この砂時計を壊さないためには、君や僕が余計な手出しをせずに、砂の一粒一粒がくびれた箇所を通過するままにしておくほうがいい。
~中略~
朝、仕事をはじめる時には、その日のうちに片付けてしまわねばならないと思われるものが山ほどある。けれども、我々には一度に一つのことしかできないし、砂時計の砂がくびれた部分を通るように、ゆっくりと、一定の速度で仕事を片づけるしか手はない。さもないと、肉体や精神の働きが狂ってしまうのだ
(引用:道は開ける D・カーネギー 創元社 2016)
この助言でテッドは心身ともに救われた。その日以来ひたすら実践してきたこの哲学は、その後彼が印刷会社の広告宣伝部長になってからも役立った。
仕事では新商品の取り扱いから仕入れ先の手配まで同時にさまざまな問題を片づけなければならない。しかし十分な時間がない。
テッドは「一度に一粒の砂、一度に一つの仕事」という言葉を繰り返しながら仕事をこなした。それにより『戦場で危うく破滅しかけた時の混乱や動揺を再び味わうことなく仕事をやりおおせている』と同書で語っている。
テッドも一つの仕事だけに意識を向けることで困難な状況を乗り越え続けたのだ。
成功する秘訣は着手すること
この考え方が役立つのは仕事だけではない。日常のあらゆること、たとえば普段の買い物といったささいなことにも役に立つ。
筆者は大きなアウトレットモールに出かけた際、財布・服・靴など買いたいものがたくさんあり、どの店から入ればいいのか分からず混乱した経験がある(あなたも同じような経験があるのではないだろうか)。
しかし「財布だけは買って帰ろう」と目的を絞ったとたん、やることが一気に明確になり、無事に財布を手に入れることができた。
おかげでその日は満足して帰ったことを覚えている。もし財布だけに的を絞らなければ、さんざん歩いたあげく何も買わずに帰ることになっていたはずだ。
人は膨大な仕事や選択肢、達成不可能と思える目標に目を向けると動けなくなる。そんな時は小さい単位に目を向けることが大切となる。
具体的には、今日中に絶対やらなければならない仕事を紙などに「一つだけ」書き出す。そしてその仕事にとりかかる。その仕事が終わったらまた一つ書き出す。そして取り組む。これを繰り返していく。今から取り組むタスク一つだけに目を向けることで、そのタスクに集中することができるようになる。
アメリカの作家マーク・トウェインも『成功する秘訣は着手することだ。着手する秘訣は、気が萎えるような複雑な仕事を、扱いやすい小さな仕事に分割してから、最初の一つを始めることである』と言ったとされる(引用:あなたの才能を引き出すレッスン 「何事もなんとかなる!」マインドで夢を叶える マリー・フォーレオ KADOKAWA 2020)。
人は一度に一つのことしかできない。「今」何に取り組むのか。目の前の一つの仕事にだけ意識を向ければ、集中し効率よく仕事をこなしていくことができるだろう。
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滝川 徹(タスク管理の専門家)
1982年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、内資トップの大手金融機関に勤務。長時間労働に悩んだことをきっかけに独学でタスク管理を習得。2014年に自身が所属する組織の残業を削減した取り組みが全国で表彰される。2016年には「残業ゼロ」の働き方を達成。その体験を出版した『気持ちが楽になる働き方 33歳大企業サラリーマン、長時間労働をやめる。』(金風舎)はAmazon1位2部門を獲得。2018年に順天堂大学で講演を行うなど、現在は講演やセミナー活動を中心に個人事業主としても活動している。
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年2月15日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。