今年死去した元毎日新聞記者の西山太吉について、Xのコミュニティノートにもデマが飛びかっている。過去の記事も含めて、事実関係を整理しておく。
「権力の暴走をチェックするのが新聞の本当の使命である」
元新聞記者 #西山太吉さん の言葉です
沖縄返還を巡る日米の密約の存在を報道、機密文書を違法に入手したとして有罪判決を受け、その後も問題の追及を続けました
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— NHKニュース (@nhk_news) December 28, 2023
1972年に西山が報道したのは、400万ドルの土地復元費用を日本政府が負担する密約だったが、その後、明らかになったアメリカ側の条約文書で、VOA移転費用など合計2000万ドルを日本側が肩代わりする密約があったことが明らかになった。さらに沖縄返還協定に書かれた3億2000万ドル以外に、基地の移転費用6500万ドルや労務費3000万ドルなど、別の「秘密枠」もあったとされている。
元外務省アメリカ局長の吉野文六は「3億2000万ドルだって、核の撤去費用などはもともと積算根拠がない、いわばつかみ金。あんなに金がかかるわけがない。本当の内訳なんて誰も知らないですよ」と証言している。密約は、日本が米軍に「ただ乗り」することを許さないアメリカ政府の圧力と、無償返還という「きれいごと」の矛盾を糊塗するためだったという。
政治家を使って密約を国会で追及させた西山記者
しかしこの事件が人々の記憶に残っているのは、そこではない。西山は最初、この密約を記事にしたのだが、密約の証拠を出せなくて扱いが小さかったので、社会党の横路孝弘に密約のコピーを渡してまう。これが最大の失敗だった。
横路は国会の質問で密約の存在を否定する外務省に対して、このコピーを突きつけたが、そこに押された稟議書の決裁印から外務省の安川審議官が特定され、秘書の蓮見喜久子は秘密漏洩を認めて警視庁に「自首」した。
密約の問題をごまかそうとした外務省は検察を使い、東京地検特捜部は、蓮見と西山を国家公務員法違反(そそのかし)で逮捕した。ジャーナリストの取材が秘密漏洩の共犯に問われるのは初めてで、マスコミは最初は西山の逮捕に反対した。
起訴状の「ひそかに情を通じ」で情勢は逆転した
ところが検察が起訴状に「(西山が)ひそかに情を通じ、執拗に申し迫り、これを利用して同被告人をして外交秘密文書を持ち出させ…」と書いたことから、情勢は逆転した。西山にも蓮見にも配偶者がいたため、この事件は不倫関係として話題になった。
法廷で検察は密約そっちのけで下半身問題を追及し、外務省は密約の存在を否定した。裁判所も「情を通じた」ことが通常の取材手段を逸脱するので報道の自由は認められないという論理で西山を断罪し、最高裁で有罪が確定した。
他のメディアも男女関係がからむと腰が引け、肝心の密約の追及は尻すぼみに終わってしまった。追及は西山に向けられ、毎日新聞の不買運動まで始まった。
今でも彼の取材方法を批判する人が多いが、これは問題のすり替えである。不倫は犯罪ではない。蓮見の機密漏洩は国家公務員法違反だが、西山の容疑はその「そそのかし」という曖昧なものだった。このように取材を機密漏洩として処罰したら、たとえば検察の家宅捜索を事前に報道するのも国家公務員法違反になる。
ホテルに誘ったのは蓮見秘書だった
男女関係は、当事者以外にはわからないが、澤地久枝『密約』は蓮見が複数の男性に声をかけていたという証言を記し、蓮見のほうから誘ったのではないかと推理している。ある男性はこう語っている。
蓮見さんから誘われて、また外で会った。[…]店を出て歩きはじめると、酔うほどのアルコールではなかったはずなのに、酔いがまわったように足元が危くなった。歩けないという。タクシーに乗せると、正体がなくなったように軀をもたせかけてきた。とてもそのまま帰れる状態ではなく、どこかで休んで…ということになった。
西山の親友だった読売新聞の渡辺恒雄は「西山記者が、彼女との関係の進行に関する事件のプロセスをすべて明らかに出来ないでいる事実を私は知っている。ついに保護しきれなかった情報源を、これ以上傷つけたくないからであろう」と弁護し、蓮見が誘ったと推測している。
私が西山君から聞いたところでは、西山君が帰宅しようとする蓮見事務官を自社の車で送ったところ、彼女が「飲みたい」と言い、したたか酔った段階で「一休みしましょう」と連れ込み宿に誘い入れた。(『サンデー毎日』2012年2月19日号)
どっちが誘ったかは大した問題ではないが、取材した記者を機密漏洩で有罪にすることは、民主国家であってはならない。これは特定秘密保護法よりはるかに危険な判例である。
本筋は沖縄の基地返還をめぐる密約で、それは確かに存在したのだが、外務省のねらい通り、この不倫騒動で忘れられ、民主党政権がその存在を認めるまでには30年以上かかった。役所のスキャンダルを隠すために検察を利用する国家権力の恐ろしさと、それに対するマスコミの無力を痛感する。