2月26日付のウォールストリートジャーナル紙の社説は再エネ導入策による米国の電力網不安定化のリスクを指摘している。これは2月に発表された米国PJMの報告書を踏まえたものであり、我が国にも様々な示唆をあたえるものである。
PJMは米国最大の電力市場運営者および独立系統運用機関であり、制御エリアは東海岸のペンシルバニア、ニュージャージー、メリーランド、デラウェア、バージニア、オハイオ、ウエストバージニアなど各州と、ワシントンD.C.にわたる。社説の主要なポイントは以下のとおりである。
- PJMの報告書は6500万人を擁する東海岸13州の2030年までの電力需給を予測しているが、最も目を引く結論は再生可能エネルギー開発よりも早いペースで化石燃料火力が退役し、エネルギー需給インバランスをもたらし、電力不足や停電が生ずるリスクが高まるというものである。
- PJMには化石燃料火力が多数存在するため、余剰発電分を中西部、北西部の送電網に輸出している。中西部や中部諸州において風力発電が停滞した際、PJMが余剰発電分を供給することにより、需給ギャップを埋めることができた。
- このため、PJMの石炭火力や天然ガス火力が退役し、余剰発電容量が低下すれば、周辺地域の電力需給安定にも悪影響を及ぼす。PJMの報告書では3000万世帯で電気を灯すことが可能な40ギガワット分が2030年までに退役するリスクがあると警鐘を鳴らしている。これはPJMの現在の全発電設備容量の21%に相当する。
- 報告書は、こうした化石燃料火力の退役が「政策によって引き起こされた」と指摘している。例えば環境保護庁(EPA)の規制強化により、5ギガワットの化石燃料火力が閉鎖を余儀なくされる。また電力会社のESGコミットメントにより、石炭火力の閉鎖が加速している。イリノイ、ニュージャージー州の温暖化政策により8.9ギガワットの化石燃料火力が退役する見込みである。これらの州は隣接州に電力供給を依存するつもりなのだろうか?
- 多くの州は野心的な再エネ導入目標を設定しており、昨年9月にバイデン大統領が署名し成立したインフレ抑制法により、風力、太陽、バッテリーに巨額な補助金が支給される。しかし報告書は「許認可手続きの煩雑さ等により、これまでの再エネプロジェクトの完工率は5%に過ぎない」と指摘している。楽観的なケースでも2030年までに導入される風力、太陽、バッテリーの設備容量は21ギガワット程度であり、退役する化石燃料火力の設備容量の半分程度である。しかもデータセンターや政府のEVや電気暖房推進政策により、電力需要は更に増大する。
- PJM報告書は口をつぐんでいるが、リベラル左翼のグリーンエネルギー転換が経済成長や生活水準向上と両立し得ないことは明らかだ。再エネは24時間365日、信頼性をもって電気を供給することができないからだ。プログレッシブは石炭火力、ガス火力を閉鎖すべきだとのキャンペーンを行っているが、これは不可避的に停電をもたらす。
- 昨年12月の北極爆風の際にはPJMは企業、家庭に電力消費節減を命令し、更に発電事業者のいくつかが石油火力を稼働させたことでる輪番停電を回避することができた。しかしこうした化石燃料火力が退役したらどうするのか?
- PJMにおける電力不足は米国全体にも波及する可能性がある。政府はサイバー攻撃やグリッドへの物理的攻撃のリスクに警鐘を鳴らしているが、気候政策がもたらす電力危機リスクの加速についてはどうなのか?
ウォールストリートジャーナルは従前から現実的な視点から理念的な温暖化政策、温暖化外交に警鐘を鳴らしてきた。
米国議会では民主党がグリーン政策をプッシュする一方、共和党はそれを厳しくけん制している。下院で共和党が多数をとったことにより、エネルギー温暖化政策と関連の深い環境・天然資源委員会、エネルギー商業委員会、科学・宇宙委員会の委員長ポストは全て共和党にかわった。
ブルース・ウェスターマン環境・天然資源委員長は性急な電気自動車導入には慎重であり、国内化石燃料生産を重視している。ケイシー・マクモリスエネルギー商業委員長は中国製パネル、電気自動車への依存を増大させるとの理由でインフレ抑制法案に反対票を投じた。
米国ではエネルギー温暖化政策についてチェック機能が働いているといえる。日経新聞をはじめとする大多数のメディア、与野党が金太郎飴のように「再エネ主力電源化」に「右へ倣え」状態にある我が国に比べてうらやましい限りである。
山本七平が「空気の研究」で喝破したように、国全体が脱炭素という同調圧力に流され、現実的な観点からの異論を封ずるような雰囲気が蔓延していることはどう考えても健全ではない。我が国にウォールストリートジャーナル、共和党のような役割を果たすメディア、政党は存在しないのか?