金融不安対策で大展開の紙面
「米著名投資家」「投資の神様」と様々な尊称を欲しいままにしているウォーレン・バフェット氏が11日に12年ぶりに来日しました。日経新聞は1面トップで単独インタビュー記事を掲載し、「日本株投資を拡大」「金融不安は買いの好機」の見出しで大展開しました。
同氏の投資会社バークシャー・ハザウェイは、円建てでこれまで1兆円を超える資金調達しているそうです(日経)。つまり超低金利の日本のカネで巨額の利益を得ている。異次元金融緩和策が同氏らにとって、絶好の利益の源泉になっている。複雑な思いがしてきます。
複雑な思いをするくらいなら、「日本人もやってみればいいじゃないか」というということが正解なのでしょう。実際にそうしている投資家はいる。そうできない人が歯ぎしりしている。
本題に戻ると、日経は3面に関連記事、8面に発言要旨と、本当に神様の扱いです。同氏がいかに「伝説的な投資家」であっても、破格の扱いです。「株式新聞」ならまだしも、誇大な扱いとの印象を持ちました。株式市場の低迷に日経も心配でしょうがない。
米欧の銀行の破綻で、金融不安が広がり、3月10日以降、株価が大きく値下がりしていまた。「20日を底に回復し、4月20日までの1か月で1700円上昇」とメディアが上気した背景には、バフェット効果があったのでしょう。
日経はその後も、バフェット効果に便乗する紙面展開です。13日からは「バフェット氏、再起動」のタイトルで連載を始め、「市場変調で積極投資に転換。買いは14年ぶりの規模、豊富な手元資金が支え」と。ここまでくると、相場の煽りに近い。
記事では「人々が恐怖にかられ、私の望む価格で売りに来た時は貪欲に対応する」と、バフェット氏の発言の採録です。つまり、金融不安から株価が下がっても、それにより買いのチャンスが来た、だからそう悲観するなと、日経もいいたいのかもしれない。
日経は「点検・金融システム/危機はくるのか」という連載を18日から始め、金融不安の解析では、問題点を掘り下げてはいます。「急速な利上げで、日米欧の債券の含み損は1兆ドル」と。
翌20日の同欄では、「08年のサブプライム(リーマン危機)級の損失の恐れ。商用不動産に広がる火種。資金流入が細れば不動産価格は低下し、融資は不良債権化しかねない。厳しい規制の枠外にあるシャドーバンク(影の銀行)への警戒も強まっている」と、丁寧な解説を載せました。
金融当局の迅速な対応があって、金融不安が一気に広がる状況ではにないと、当局は言っています。当局としては不安を煽るわけにはいかないし、そういう一般的な言い方をしておくしかない。
実際はどうかというと、シリコンバレー銀行、クレディ・スイスの破綻処理などが済んでも、危機に歯止めがかかることはないだろうという指摘が広がっています。
日興リサーチセンターの調査報告書では「米欧の金融不安は、資産バブルの崩壊に伴い、一層深刻化していく恐れ。日本の金融機関(特に中小金融機関)や巨大化したファンドの経営問題に波及する可能性もある」「金融引き締め、流動性の減少で、資産バブルが崩壊すれば、広範な金融システム不安の動揺が広がろう」と、不気味な宣託をしています。
日経も社説では「米銀が抱えるリスクへの警戒を怠るな。当初、特殊だとみた事例から金融システムに波及するパターンを繰り返してきた」(23日)などと、指摘しています。
「市場変調」とか「サブプライム級の損失の恐れ」がある状況だからこそ、バフェット氏の登場はありがたい。「積極投資のチャンス」との予言に流れに乗ってくる投資家が多ければ、バフェット氏は儲かる。
そのバフェット氏は「長期で安く資金を集め、高めの配当利回りで利ザヤを稼ぐ」(日経)。それには、異次元金融緩和をいまだに続けている日本市場で、超低金利の資金を調達するのがいい。日銀はバフェット氏にとって、実に歓迎すべき存在になっている。だから来日もした。
日経に限らず、「急速な金融引き締めは景気の減速や金融システムの動揺を招くと、各紙は政策当局をけん制しています。これは正しいようで、正しくない。
これまでの歩みを振り返ると、「金融緩和・財政膨張策の催促→バブルの発生→引き締めへの転換、金融規制の強化→バブルの崩壊・不況→金融緩和を求める政治的圧力、金融規制の後退」というサイクルの繰り返しです。
風船を膨らませ、破裂しそうになって、空気を抜くと、風船はしぼむ。しぼみすぎることに対する抵抗、不満、政治的圧力が高まり、手加減する。インフレやバブルが落ち着いてくると、また風船を膨らませる。こうしてどんどん風船は大きくなる。
大きな風船が破裂した場合の損害、影響は大きい。うっかり空気を抜けなくなる。そのサイクルです。ぶつぶついっても始まらない。金融資本市場、マネー市場にサイクルがビルトインされ、抜け出せないからです。
米国の中規模銀行を規制強化の対象から外したのはトランプ氏でした。そこが危機の発端となった。パウエルFRB議長の引き締め開始が遅れ、高インフレを招く原因を作ったのも、政治的な圧力によるところも大きい。
バフェット氏はとっくに、そうしたサイクルを見抜いて、動いているのでしょう。ですから私は日経のように、インタビュー記事を1面トップを置くような行動には懐疑的です。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年4月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。