米中対立はなぜ「文明の衝突」なのか(古森 義久)

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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

アメリカと中国の対立はなお険しさを増している。6月から7月にかけてバイデン政権はブリンケン国務長官ら複数の高官を北京に送り、中国側との対話を求めたが、なお両国の利害の対立や主張の衝突は激しさを強めている。

こんな現状のなかでアメリカ側で注視されるのは、中国との対立が民主主義と全体主義という政治理念のぶつかりあいだけではなく、文明の衝突だとする新たな見解が議会や中国研究界の有力者から表明されるようになったことである。なぜそんな見解がいま語られるようになったのか。

「文明の衝突」論とは米中両国はそもそも歴史、文化、伝統、社会、民族などを総合した文明が異なることが衝突の主因だとする考察である。単なるアメリカの民主主義と中国の共産主義との対立に留まらないという見解でもある。つまりは米中両国の衝突はイデオロギーの相違だけではない、とする主張なのだ。

この「文明の衝突」論で気がかりなのは、アメリカの文明と中国の文明の違いのなかには、人種の違いまでが含められる点である。この違いを受け入れると、アメリカと中国はもう永遠に正常な国家同士の関係を築けないような可能性までが浮かんでくる。しかも他の局面での両国間の差異をことさら激しくし、対立を決定的に険悪にするような危険性をも感じさせる。

私自身がワシントンで直接にこの米中間の「文明の衝突」論を聞いたのは今年春、大手研究機関のヘリテージ財団での大規模なシンポジウムで、だった。対中新政策を発表するこの集いで基調演説をした議会上院の有力メンバーのマルコ・ルビオ議員がその趣旨を述べたのだった。ルビオ氏は共和党の論客として上院外交委員会で長年、活躍し、2016年の大統領選ではドナルド・トランプ氏に挑戦した政治家である。

以下の骨子だった。

「私たちはいまの世界で人間関係のあり方をめぐる衝突に直面している。アメリカが建国以来、最大の価値としてきた個人の自由や創意に対し中国はその種の西洋的文明は資本主義とともに終わりつつあると断じて挑戦してきた」

「中国の共産党政権は個人の創意や批判を抑え、服従を強いる。この中国型モデルはいまの政治や政策を越え、中国年来の歴史そのものに由来する。国家や人間のあり方のこの種の挑戦は文明の衝突以外のなにものでもない」

ルビオ議員は以来、議会などでの対中政策論議ではこの「文明の衝突」論を表現を微妙に変えながらも繰り返してきた。だがその見解が中国研究の大御所とされるマイケル・ピルズベリー氏によって支持されたことはさらに注目に値する。同氏は中国の軍事戦略にとくに詳しく、アメリカ歴代政権の対外戦略、対中戦略の要衝の地位に就いてきた。中国に関する彼の発言はいつも独特の重みを持ってきたのだ。

ピルズベリー氏はヘリテージ財団のこの集いで報告し、ルビオ議員の「文明の衝突」論に同意する、と述べたのだった。

その際の発言の真意や背景を探るために、私はその後、ピルズベリー氏に直接にインタビューして問いかけた。それに対する同氏の回答の骨子は以下のようだった。すべて米中両国間の文明の衝突という見解についてである。

「アメリカのソ連との対立はイデオロギーが主因だったが、中国との対立は文明の相違が大きいと私(ピルズベリー氏)は考え始めている。中国はソ連と同様、マルクス・レーニン主義、つまり共産主義の国家だから民主主義や人権も認めず、アメリカとは衝突する、という認識がイデオロギー対立ということだが、それ以上の要因も含まれる」

「中国とアメリカとでは文明が異なる、つまり民族、社会、歴史、文化、伝統などを総合した文明が異なることが対立の主因なのだとする考察がある。おそらくまだ少数派だろう。だが私はその考察の方に傾いている。中国側でも習近平主席らが『中国は西側とは異なる例外的な文明を有しているのだ』とよく述べている。世界観、歴史観、文化観などの違いを指すのだろう」

「ソ連とではアメリカはイデオロギーは違っても、同じ西洋文明や歴史認識の範囲内にあった。しかし中国はその範囲の外にある、という見解だといえる。ただしこの考察には人種という要素がからむので、微妙な側面があるため細かな神経の配慮を要することにもなる」

ピルズベリー氏といえば、日本でもその筋ではよく知られている。彼の著書『China 2049』が日本でも2015年に出版されて大きな話題を呼んだのだ。

その趣旨は中国共産党は長年、政権の完全奪取の1949年から100年後の2049年にはアメリカを凌駕する世界一の超大国になることを現実の国家目標として野心的な動きを重ねてきたのだ、という解明だった。

ピルズベリー氏は米中文明衝突論にからむ微妙な要素としての人種の違いについて以下のようなエピソードをつけ加えた。

「トランプ政権で国務省の政策企画局長という要職に民間の学界から登用されたカイロン・スキナーという優秀な国際政治学者がいた。黒人女性のスキナー氏が2018年9月にメディアとのインタビューで米中対立について『アメリカとして初めて白人ではない大国と一対一の対決をするにいたった』と述べた。中国人は人種だけでなく世界観、社会観、歴史観などでアメリカとは違う、つまり文明が異なるのだ、という趣旨の発言だった」

「この発言が当時のマイク・ポンぺオ国務長官らの不興を買った。『白人ではない』という表現が人種差別につながりうるという反発だった。結局、スキナー氏は辞職させられた。いわば真実を語った学者をポンぺオ長官らがなぜ除去したか。それには中国への警戒の構えを全米的にとらせるには、共産主義との闘いにすることが容易だという要因があったのだ」

いまの米中対立、ことにアメリカ側の中国への反発にはこんな微妙で複雑な要素も含まれている、ということなのである。

しかしそれにしても、いまになってアメリカ側でなぜ中国との文明の衝突が対中認識の総括として提起されるようになったのか。

まず考えられるのは米側の中国への認識がそこまで深くなり、中国をよく知ったからこそ自国、そして自国民との違いをこれまで以上に巨大にとらえるようになったから、といえるだろう。アメリカと中国との間は対立というよりは断層と呼べる深い溝があるという受け止め方ともいえよう。

この認識がごく客観的にみて、果たして正しいか、否か。断定はできないだろう。だがそうした認識がアメリカ側の中国に対する反発や対決の姿勢をこれまで以上に強めていく、という見通しは確実だといえよう。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年7月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。