(2)防潮堤を甘くみた報い、福島原発事故で全て台無し
オイルショック当時は、官僚が力を発揮できた時代で、通産省、資源エネルギー庁の活躍で、日本の省エネルギーの経済構造への転換に成功し、経済成長率が高まっていく時代でした。それがオイルショックからざっと40年後の2011年3月、福島第一原発の事故で全てが台無しになりました。
事故に至る過程には多くの原因が混ざりあっているでしょう。私は、防潮堤の高さを内部で指摘があった「最大の津波み備えて15.7メートル」にしておけば、こんな大惨事にならなかったと、信じています。押し寄せた津波の高さは14、15メートルでしたから、かろうじて全電源喪失、原子炉の冷却不能という事態を防げたに違いない。
東北電力の女川原発は海面から14.7メートルの高さに原発が建設されており、押し寄せた津波の高さは13メートルでしたから無事でした。昔から津波の被害が多かったので、その高さの高台に原発を建設するという常識を持っていたためです。それに対し、福島は高台を海抜10メートルまで削った場所に建設したうえ、防潮堤の高さも不十分、さらに非常用電源の備えに手抜かりがあった。
「最大で15.7メートル」は空想だったのか
現在、東京地裁で旧経営陣4人の「津波予見可能性」などを巡り、13兆円の損害賠償を命じた訴訟の控訴審が行われている。13兆円という非現実的な請求額は、原発事故原因の解明という本来の目的から論点をずらす効果しか持たない。
さらに「最大で15.7メートルの津波」という試算があり、それに従わなかったことについても、あれこれ解説がなされています。実際に14、15メートルの津波が押し寄せたのですから、「津波の予見可能性」ではなく、誰がなぜ防潮堤の増強を直視しなかったのかを関係者は明らかにすべきなのです。
東電経営陣ばかりでなく、政府側の責任も明らかにしなければならないのに、この問題では東電側ばかりが矢面に立っている。金融危機における金融行政の不透明さに対しても、金融機関側ばかりが責められ、行政当局の責任追及は極めて甘かった。それとよく似た構図です。
防潮堤をかさ上げすると、「原発はやはり危険なのか」という社会の警戒感、不安感を呼び起こしかねない。オイルショック後の省エネルギー政策を先導してきた原発運動に反対運動が起きかねないと判断したに違いなく、直接的には東電、間接的には政府側に責任があったと思う。
「重大な災害、安全保障に対する政策は、最悪事態を想定して立てておく」が基本です。そうしておけば、津波被害の原発関係の部分は、防潮堤の強化費用の範囲に収まった。「省エネ」に転換できたという成功体験が「津波への備えなんて」という油断を生んだに違いない。
オイルショックを乗り越え、原発を推進し、省エネルギー社会構造を作り上げた経産省、資源エネルギー庁、電力会社は約40年後に、その成果を一気に失うことになった。オイルショック50年を回想する際、そうした認識を改めて持たねばなりません。
原発事故は一気に反原発を国の隅々まげ広げてしましました。国の隅々まで浸透した反原発運動、反原発感情が事故後の対応を難しくさせました。津波をもっと恐れ対応していれば、事後処理がこれほど難航することもなかったでしょう。
原発が危険な存在なら、福島以後、原発保有国(世界で米欧中ロなどで約436基、2021年末)のどこかで事故が起きていそうなものです。規制が強化されたこともあるにせよ、そうした報告はない(ウクライナは別次元の問題)。福島の事故は原発というエネルギーシステム・技術の欠陥、失敗より、初歩的すぎる人為的な対応のミスということになります。
このことをどう考えるのか。「原因がどうあれ、いったん事故が起きてしまと、取り返しのつかない災害となってしまうからやはり危険な存在だ」とするのか、「最悪の事態を想定して対応していれば、事故は防げる。また、安全な原発も将来、開発される可能性にもかけていくべきだ」とするのか。原発保有国の多くは恐らく後者の考え方をとっているのだと思います。
(3)脱炭素政策で「原発回帰へ大転換」を阻むもの
政府は2022年12月、縮小に追い込まれていた原発の基本方針を大転換し、休止していた原発の再稼働、運転期間のさらなる実質的な延長、次世代革新炉の可能性を探ることを決めました。オイルショックからほぼ50年です。「エネルギー危機と原発回帰」(NHK出版新書、5月刊)は、その場合の問題点の洗い出し、対策などを解説しています。
脱炭素化、地球温暖化、揺れる原油市場の対策には、原発を活用していくしかないとして、多くの国でも原発回帰が加速し、新型炉の開発も進んでいます。原発からの離脱を国是とするドイツを除くと、米仏英に加え中国も原発路線を走っています。
「12万年ぶりの暑さ」へ温暖化が進行
①7月末、世界気象機関などが「7月の地球の平均気温は観測史上で最高になり、12万年前の暑さを記録した」と発表しました。もっとも地球温暖化の主因を温室効果ガスとする主張に対し、「CO2が現在よりはるかに少なかったのに、地球温暖化の現象の存在が見いだされる」、「地球は10万年の周期で温暖化と寒冷化を繰り返しており、現在は2つの氷河期の間の間氷期に当たるので、気温が高くなっている」という論者がいます。
「10万年周期説」正しいとしても、ではこの後、何千年、何万年待てばいいのか。人類は存在を続けているのか。何も手を打たないで待ち続けるのは現実的な案にはなり得ない。
②「都市化(ヒートアイランド)」も温暖化の原因になっている」との反論もあります。都市化が熱をため込む。都市でCO2を大量に排出し、温室効果を伴う。それでは都市化を止めるのか。これから都市化が進む途上国はどうするのか。都市化を止めるわけにいかない。オフィスビル、住居など太陽光のような再生可能エネルギーでエネルギーを自給する。ビルのガラス、側面、住宅の屋根、車の天井に太陽光パネルを張り付ける。緑地帯を増やす。この程度のことならできるかもしれない。
③温室効果ガスによる温暖化理論は認めても、「温暖化対策、脱炭素化の国際目標値、手段が過酷すぎる。膨大なコストがかかりすぎる」と、脱炭素化の国際目標は経済的に非現実的と考える人たちがいます。「温暖化理論は認めても、脱炭素化の国際目標、手段は現実的に無理だ。はやり原子力発電を規制強化しながら、新しい技術開発のもとに進めるしかない」とも考える人たちです。だんだんそうした動きがでてくるのでしょう。
廃炉や放射性廃棄物の処理の難しさ
日本だけで事故後、福島を含め24基が廃炉となります。当面は、運転期間を限界まで実質的に延長を続けるよう方向転換するにしても、その後はどうするのか。使用済み核燃料の処理、六か所村の再処理工場の度重なる完成延期、他国はともかく、日本は「原発回帰」の大転換を目指すといい、「入口」はどうにかしても、「出口」の問題はどうするのか。八方塞がりです。
オイルショック50年の今年は、安倍首相の銃撃・死亡事故から1年に当たり、多くの回顧録が出版されています。安倍氏の言動、行動で原発政策と切り離せないのが東京五輪(東京2020年)の誘致です。回顧録のほとんどが素通りしているのがこの問題です。誘致を決めるIOC総会(2013年)での安倍氏の発言は原発問題に対する理解の浅さを示しました。
2011年の原発事故から間もない時期で、技術的に困難を極める廃炉作業、廃棄物処理、汚染地域への立ち入り禁止、長期化する住民の避難と原発関連死など難題が山積していました。誘致の関係者以外は「とても誘致どころではない」という気持ちだったでしょう。
安倍氏は「福島原発事故は『アンダーコントロール』(事故は収束し、安全圏にあるという意味)と声を張り上げました。「消火できていれば、アンダーコントロール」と思っていたに違いない。東京五輪誘致は政治的に使えるという計算が先行したのです。とんでもない誤解でした。困り抜いている関係者、事後処理、地域の荒廃、復興の遅れです。事後処理の難題が「アンダーファイア(火の下。燃えさかっている)」の状態なのです。オイルショック50年で忘れてはならない首相の言動でした。(終)
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。