当方は生来、楽天主義だ。そうでなければ生きていけないこともあるが、人生、悲観的になって嘆いて生きていくには短い。
そんな当方だが、ウィーンで核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けた準備委員会が先月31日から今月11日まで開催された。結果は最初から何も期待していなかった。悲観的だった。日本のメディア関係者は会議の動向を結構大きく報道していたが、現地のウィーンではオーストリア国営放送(ORF)は最初からNPT準備委の動きをほとんど報じなかったほどだ。
国連の中満泉軍縮担当上級代表(事務次長)は会議初日の31日、「冷戦以来、これほど核兵器使用のリスクが高い時期はない」と指摘し、NPTを取り巻く国際情勢が厳しいと強調した。実際、準備委は最終日の今月11日、中国、ロシア、イランなどの反対があって議長総括さえ公式文書として残すことが出来ずに閉幕した。国際会議で議長総括が承認されないといったケースは非常にまれだ。
それでは、なぜNPT再検討会議準備委に大きな成果を期待できないかだ。考えられる点は、①NPTが核保有国の権利保持を保障する一方、非保有国にはさまざまな義務を強いている。すなわち、核保有国と非保有国間に不平等があることだ。②ロシアのプーチン大統領が昨年2月24日、ウクライナに軍侵攻し、戦闘が苦しくなると、「必要ならば大量破壊兵器(核兵器)を使用する」と警告するなど、核軍縮の雰囲気は核保有国にはまったくなかったこと。③イランが核開発を推進し、一部80%を超える濃縮ウランを製造するなど、第10番目の核保有国入りを目指しているなど、核軍縮とは正反対の動きが挙げられるだろう。
その中でも準備委に成果が期待できない最大の理由は①だ。メディアの中にはウクライナ戦争を最大理由に挙げているところもあるが、それはあくまでも追加されたハードルであって、最大理由はやはりNPT体制にあるというべきだろう。
ちなみに、核保有国は現在、9カ国だ。米ロ英仏中の国連安保常任理事国の5カ国に、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮の4カ国が続く。先述したように、イランが10番目の核保有国入りを狙っている(「イランは10番目の核保有国目指すか」2022年6月14日参考)。
米ソ2大国冷戦時代が終焉した直後、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったが、ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻した後、プーチン大統領が「必要ならば核兵器の使用を辞さない」と強調し、核兵器の先制攻撃を示唆したことから、核兵器がにわかに「使用可能な兵器」と見直されてきた。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は昨年の報告書で「核保有国で核兵器の意義が見直されてきている」と記述したが、その予測が一層現実味を帯びてきている。
ロシアのプーチン大統領は今年2月21日、年次教書演説でウクライナ情勢に言及し、「戦争は西側から始められた」と強調し、戦争の責任は西側にあるといういつもの論理を展開する一方、米国との間で締結した核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行停止を発表した。新STARTは2009年12月に失効した第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約として2011年2月に発効され、21年2月に5年間延長された。同条約では戦略核弾頭の配備数(1550発以下)などを決めていた。
NPT再検討会議は核軍縮を少しでも進展させることが目標だが、現実はそれには程遠い。昨年8月のNPT再検討会議では、ウクライナ情勢を巡る文言に唯一ロシアが反対し、公式文書を採択できなかった。すなわち、2026年の再検討会議の準備委の任務はミッションインポッシブルといえる。少なくとも現時点ではそうと言わざるを得ない。ウクライナ戦争は更にそれを難しくしてきたことは事実だ(「『核兵器なき世界』の本気度は」2023年5月21日参考)。
NPTは発足依頼、核保有国は核軍縮の義務を負うと明記されているとしても、実際は核保有国の優位を維持する一方で、非保有国間の核開発の中止を強いる差別条約と呼ばれてきた。そこで核兵器禁止条約(Treaty on Prohibition of Nuclear Weapons=TPNW)が生まれてきたわけだ。TPNWの最初の締約国会議は昨年6月21日、ウィーンのオーストリアセンターで3日間の日程で開催された。
ウィーンの第1回締約国会議では、核廃絶への行動計画(ウィーン行動計画)や、核実験で被害を受けた国民救済案をまとめる一方、核軍拡加速に警鐘を鳴らす「政治声明」(ウィーン宣言)を策定し、核保有国に軍縮を求めた。日本は被爆国だが、米国の「核の傘」の下にあり、隣国の中国と北朝鮮が核を保有している現状から、核兵器禁止条約には署名していない。
核軍縮問題では既存の核保有国と非保有国の溝が深い一方、「核なき世界」という理想と、核の抑止力を重視し、核保有に執着する世界の現実の間にも大きな隔たりがある。ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、核保有国が今後、核弾頭を増加させる一方、その近代化を加速することが予測される。「今日の理想」が「明日の現実」になるためには、「今日の現実」を冷静に見つめることが重要だ。
いずれにしても、核軍縮関連会議で成果が目下期待できないとしても、やはり「核なき世界」の実現を機会ある度に叫び続けることは非常に大切だ。たとえ砂漠での叫びに終わったとしても、だ。そのミッション(使命)を担っている国は世界で唯一の被爆国日本だろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年8月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。