ジャニーズ事件と「聖職者の性犯罪」

故ジャニー喜多川氏の性加害事件は、大手芸能事務所ジャニーズ事務所が会社名を変更し、忌まわしい過去からの決別、再出発を決めたことで、今後は被害者への賠償問題に焦点が移る。日本のTV、週刊誌、新聞などを巻き込んで大騒ぎとなったジャニー喜多川氏の性犯罪は特定人物の異様な性向がもたらした事件と受け取られているが、その性加害事件に直接、間接的に関わったメディア、TV関係者には依然重苦しい空気が漂っている。

ジャニーズ事務所Wikipediaより

一方、ローマ・カトリック教会は1990年代に入り、聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚し、その対応で苦慮してきた。聖職者の性犯罪件数はメディアで報じられただけでも数万件以上だ。バチカン教皇庁、教会関係者が事件を隠蔽してきたこともあってこれまで明らかにならなかったが、聖職者の性犯罪は過去も現在もあった。

世界13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ教皇フランシスコは2019年、聖職者の性犯罪問題で信者からの信頼を失い、教会から脱会する信者が増加してきたことを受け、聖職者の性犯罪対策に乗り出してきた。バチカンで4日から4週間、世界代表司教会議(シノドス)が開催中だ。世界の司教たちだけではなく、平信者、女性代表らも参加する世界シノドスの主要テーマには聖職者の性犯罪問題も含まれている。

日本国内を騒がした「ジャニーズ問題」、世界で数十万人の被害者を出している「カトリック教会の聖職者問題」はいずれも「性犯罪」だ。日本ではジャニー喜多川氏の性加害事件にはメディアの注目が集まったが、カトリック教会の性犯罪問題については日本のメディアがほとんど無視してきたこともあって、カトリック教会聖職者による未成年者への性的虐待が世界各地で起きているという事実を知らない日本人が多い。

日本はカトリック教国ではない。信者数は約45万人に過ぎないこともあって、カトリック教会という宗教団体の内情に多くの日本人は関心がない。一方、ジャニー喜多川氏のケースは週刊誌やワイドショーの格好のテーマであり、メディアは大きく報道し、国民の関心は大きかった。ちなみに、日本では、ジャニー喜多川氏の性加害事件とローマ・カトリック教会の聖職者の性犯罪を比較しながら報じたメディアはこれまでなかった。

くどくなるが、両者は被害者件数こそ雲泥の差だが、「未成年者への性的虐待」という点で同じだ。違いは、一方は芸能人世界での出来事であり、他方は宗教団体での問題ということだ。

数百人の未成年者の犠牲を出したジャニーズ事務所は会社名の変更を余儀なくされたが、数十万人の被害者を出しているカトリック教会が教会名を変えたとは聞かないし、教会名称の変更自体、世界シノドスのテーマとはなっていない。前者は加害者が分かっているが、後者は加害者が数十万人になる。前者は単独犯罪であり、後者は組織的犯罪だ。

ジャニー喜多川の性加害事件をあれほど騒いだのに、それ以上の規模で今も起きている聖職者の性犯罪問題を報じないのは、メディア関係者、報道機関の問題意識の欠如だ。人権問題に日頃うるさいメディア関係者がなぜローマ・カトリック教会の解体を要求しないのか。日本のカトリック教会内でも聖職者による性犯罪は起きている。月刊誌文藝春秋(2019年3月号)でルポ・ライターの広野真嗣氏が「“バチカンの悪夢”が日本でもあった!カトリック神父<小児性的虐待>を実名告発する」という記事を掲載している(「日本教会にもあった聖職者『性犯罪』」2019年2月16日参考)。

ところで、日本では岸田文雄首相が「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の解散請求を出す意向という。今回の解散請求は安倍晋三元首相暗殺者、山上徹也容疑者の供述に基づいている。母親が高額献金し、その結果、家庭は破産に追い込まれたということで、献金先の旧統一教会憎しがテロリスト山上容疑者の旧統一教会批判の核だ。

だから、旧統一教会を批判する側は教会側の高額献金問題を先ず挙げる。このコラム欄でも書いたが、献金がその信者の贖罪意識に基づいたものであった場合、問題は少ないが、そうではない場合、献金後問題が生じるケースはあり得る。問題は献金する側の贖罪意識の有無にかかっている。換言すれば、宗教的動機に基づいた献金行為には、「高額献金」、「少額献金」といった金額の差は問題にならない。ただ、贖罪意識の乏しい信者に、強制的に、偽りの贖罪意識を植え付けて献金を集めようとすれば、問題が後日生じる(「人はなぜ『献金』するか」2023年9月17日参考)。

犯罪にも重犯罪と軽犯罪がある。「性犯罪」は重犯罪だ。ところで、重犯罪を繰り返してきたカトリック教会に過去、解散請求が飛び出したことがあったか。国もメディア関係者も教会問題には余り介入してこなかった。ただ、被害者の数が余りにも多いことから、「政教分離」を建前とするフランスでは内務省がカトリック教会に対し、教会の「告白の守秘義務」の廃止を求めた例はある。

参考までに、「性犯罪」は人間の「下部」に関わる問題だ。加害者が聖職者だろうが、芸能人だろうが、「性犯罪」は人々の好奇心の対象こそなれ、真剣にその対応を考えるテーマとは受け取られない。なぜならば、加害者だけではなく、ほぼ全ての人々が「下部」で同じ問題や弱みを抱えているからだ。その結果、ジャニー喜多川氏や聖職者の「性犯罪」に対して隠蔽や“変な寛容”が生まれてくる一方、金が動く「献金問題」では必要以上に執拗に追及しようとするのだ(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。

岸田首相が政治的判断から旧統一教会の解散請求を出した場合、他の宗教団体も同じ運命に陥る危険性が排除できなくなる。平信者の献金で賄っている宗教団体は、元信者からの献金払い戻し要求を程度の差こそあれ抱えているからだ。

民主主義国の日本で今、宗教弾圧が白昼、堂々と行われている。それを笑いながら駆り立てているのが、宗教に全く関心がない共産党系弁護士、メディア関係者だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年10月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。