こんにちは、音喜多駿(日本維新の会 参議院議員 / 東京都選出)です。
創価学会の名誉会長である池田大作氏が逝去されました。世界平和のために心を砕いた生前の功績に敬意を表しますととともに、心からご冥福をお祈り致します。
一時代の終わりを感じさせる訃報でありましたが、それを受けて岸田文雄総理がTwitter(X)で投稿した内容があまり例を見ないほど大炎上して物議を醸してます。
ここに謹んで御冥福をお祈りするとともに、御遺族の方々および御関係の方々に対し衷心より哀悼の意を表します。
内閣総理大臣 岸田文雄— 岸田文雄 (@kishida230) November 18, 2023
内閣総理大臣名でのこの発言には「いち宗教団体のトップに総理がコメントするのは適切ではない」「特定宗教団体との癒着の証左だ」「政教分離原則に反する行為だ」という批判が、いま現在も殺到している状況です。
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ここでは特に問題視されている「政教分離原則に反する」という点について、改めて考えてみたいと思います。
我が国では「政教分離」が憲法で定められておりますが、その条文は以下の通りです。
–憲法第二十条–
1 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
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少しわかりづらいかもしれませんが、この趣旨は国会答弁などでも何度か説明されており、国民の「信教の自由」を保障するため
・国が宗教に介入してはならない
・国が特定の宗教を優遇してはならない(その優遇された宗教が、他の宗教を弾圧する=信教の自由を侵す可能性があるから)
という内容を定めたものです。主に国・権力者→宗教側への規制なんですね。
なのでまず、「政治と宗教はまったく関わってはならない」ということではありませんし、宗教団体が政治家・政党を応援することは自由だし、政治家が特定の宗教を個人として信仰することもまったく問題ありません。
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さて、では岸田文雄総理の発信内容です。
多くの有識者が指摘をしている通り、私もこの総理発言がただちに政教分離原則に反したものだとは思いません。
岸田首相が「池田大作氏の教えは貴いもので誰もが学び従う必要がある」みたいに言ったら政教分離違反にあたるだろうが、単に池田大作氏について(教義自体に関係しない形で)社交辞令的にお悔やみを言うだけなら、発言それ自体は政教分離とは言えないだろう。
— Shin Hori (@ShinHori1) November 18, 2023
発言の中には特定の宗教名なども明示されておらず、あくまで個人の功績を称えるものであり、その点では良く考えられた文章になっていると思います。
ただ一方で、じゃあまったく問題なかったのかといえば、そうとも断言できません。
多くの人が引っかかっているのは政教分離原則の「いかなる宗教団体も国から特権を受けてはならない」という部分でしょう。
宗教名・団体名が明示されていないとはいえ、故人が特定宗教のアイコンであるのは自明なことです。
そこに対して「内閣総理大臣」の名義で、普段はしない・他団体にはしない特別なコメントを発することは、特定宗教に「お墨付き」「政治的な威厳」を与えることになるのではないか。
発言の内容は抑制的だったものの、連立与党の関係性なども踏まれば「これこそまさに、国が特権を与えている証拠じゃないか!」と感じる人がいても、おかしくないように思えます。
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繰り返しますが、私自身はこの発言が政教分離原則に反するものとは思いません。
ただ、このタイミングでわざわざ総理が発信したこと自体や、その名義についてはやや疑問が残ります。
少なくとも発信者の名義は「衆議院議員 岸田文雄」「自民党総裁 岸田文雄」とするべきだったのではないでしょうか(実際、靖国神社への玉串料は自民党総裁名義で毎年払われています)。
また現在は、解散命令請求が出た旧統一協会問題が引き続き大きな課題となっており、そうした中での特定宗教に対する発言は良い印象を持たれるものではなかったのだと思います。
何十人もの人がチェックしたであろう総理発言がこれほど炎上する難しさ。他山の石としていきます。
それでは、また明日。
編集部より:この記事は、参議院議員、音喜多駿氏(東京選挙区、日本維新の会)のブログ2023年11月18日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は音喜多駿ブログをご覧ください。