変貌する東南アジアのデトロイト
これからの自動車はEVが内燃機関のエンジン車に取って代わるという強い信念のもと、タイのセター首相のEV産業育成への熱意には大変なものがある。
トヨタなどの日系自動車メーカーによる現地生産のおかげで、今では東南アジアのデトロイトとまで呼ばれるようになったタイだが、次はEVにおいても東南アジアの中心になろうと世界のEVメーカーの工場誘致に熱心なのである。
前稿「タイのセター首相と岸田首相でこんなに違う「経済最重視」の意味」でセター首相自らが米国のテスラ社を訪問し、タイへの工場誘致に乗り出したと書いたが、先日の首相談によればテスラは既に候補地であったインドとインドネシアを選考から落とし、タイに進出することが確実となり、320万平方メートルもの広大な敷地を使って工場を建設するという。
ちなみに、アセアンは人口6億7,000万人とEUや北米の人口を上回る巨大な自由貿易経済圏であり、日本車はタイ国内では中国のEVにシェアを取られつつあるものの、少なくとも今年は域内への輸出が伸びて業績好調である。
しかし、将来中国やテスラのEVにアセアンの自動車市場を席巻されれば、これまで名実ともに域内のリーダーであった日系メーカーにとって相当大きな痛手になるはずだ。
モーターEXPO 2023で苦戦する日本勢
タイでエンジン車を現地生産しているトヨタやホンダといった日本勢は、そう簡単にEVにシフトすることもできず、今は値引きだけで中国のEVと闘っている状況だ。そして、くしくも11月30日から12月11日まで開催されたモーターEXPO 2023という大きなモーターショーでの販売会において、中国のEVに大苦戦を強いられた。
以下がその販売台数であるが、太字が中国メーカーだ。日本勢ではトヨタとホンダはまだ何とか上位で健闘しているが、3位のBYDはホンダに僅差まで迫ってきているのがわかる。一方、かつては上位に食い込んでいた日産、ピックアップでトップをいくイスズ、そしてマツダは何とか10位以内に留まったものの、三菱は圏外に追いやられた。
- Toyota 7,245 cars
- Honda 6,149 cars
- BYD 6,119 cars
- GAC Aion 4,568 cars
- MG 3,568 cars
- CHANGAN 3,549 cars
- GWM 3,524 cars
- NISSAN 2,459 cars
- ISUZU 2,460 cars
- MAZDA 1,961 cars
ちなみに、日本と違い、タイではモーターショーが販売会も兼ねていて、特別値引きなどのプロモーションもあるため何万人という消費者がこの機会に車を買うのであるが、今回のわずか2週間弱のモーターショーで販売された車は実に53,000台を超え、売上で2,100億円以上となった。
従って、各自動車メーカーにとって、まさに来年を占う天下分け目の決戦であったわけだが、ある程度予想はしていたものの、今回あらためて中国メーカーの大躍進を目の当たりにすることになったのである。
熱帯で空気汚染が酷い東南アジアではEVが断然有利
欧米のようにEVの弱点といわれる極寒の冬は東南アジアにはないし、むしろ渋滞で有名なバンコクなどのように排気ガスによるPM2.5の空気汚染が深刻になる中、クリーンなEVへの人気が高まっている。
実際、タイのディーラーには今までの日本車販売をやめてBYDなどの中国メーカーの販売店に鞍替えするところも出てきているし、タイ政府も2024年はEV3.5パッケージという新たなEV振興策を打ち出し、消費者に対するEV補助金も日本円にして700億円の予算を準備している。
一方、現在のところ、タイ政府のエンジン車に対する補助は特になく、日本メーカーは不利な状況下で販売競争を続けていくしかないのである。
日本車が負けるのを見たくない日本人
タイに住んでいると思うのだが、トヨタなどがEVに積極的でないこともあり、日本ではEVはあまり売れてない。それもあって、日本のマスコミやYou TubeなどはこぞってEVはバッテリーに問題があるとか、すぐ壊れる、寒さの中で動かなくなるなどと弱点ばかり強調し、はたまた中国で大量のEVが放棄されているEVの墓場を放映したりして、EVはそのうち行き詰まるに違いないと勝ち誇ったようにいう。
こういうのを見ると、彼らは世界で本当に起こっていることに目を向けるのではなく、視聴回数を上げるために視聴者が喜ぶように都合のいいところだけを誇張して伝えているのではないかと、筆者などは疑ってしまうのである。
現実は今回のモーターショーの結果からもわかるように、少なくとも東南アジアにおいては、日本勢の負け戦は既に始まっているのである。
タイのアナリストや業界関係者の予測
- 中国の自動車メーカーは40年以上の努力がやっと実り、とうとう日本車を王座から引きずり下ろそうとしている。アナリストたちはその中でもBYDが最も有力であると指摘する。
- これまでタイは日本ナンバー1のトヨタの製造拠点であったが、新規参入してきた中国のBYDやチャンガン自動車等も東南アジアの製造拠点としてタイに工場を建設しつつあり、今後タイは日本勢対中国勢の戦場と化す。
- そして、多くのアナリストやメディアの一致した意見は、今のトレンドはこれからも続き、近い将来、日本勢が破れ中国メーカーが日本メーカーに取って代わる。
これらが、現地の新聞等に載っている中国車と日本車に対する予想であるが、少なくとも東南アジアのデトロイトと呼ばれる自動車生産の中心地であるタイが、日本のエンジン車にはもう未来はないと判断しているわけだ。
EVは最初に出遅れたらもう勝てない
日本メーカーも中国メーカーにただやられるだけでなく、当然各社にもこれからの世界戦略があるとは思うが、一方でタイの一部のアナリストたちが今の日本メーカーについて以下のように指摘していることも触れておきたい。
- 大半の日本メーカーは、中国メーカーとの戦争はまだ始まったばかりであり、これから長い時間がかかるゲームであることから、市場がエンジン車からEVに徐々に移行していく間に自分たちも時間と資金をかけてこれまでのエンジン車からEVへシフトしていけるのではないかと希望的に考えている。
- しかし、何人かのアナリストは日本メーカーは時間を浪費しているだけであり、EVという新たな市場ではこの初期段階でのスタートが非常に重要だと考えている。
- スマートフォン業界を見てもわかるように、アップル、サムスン、ファーウェイの3社が世界市場で君臨しているが、後発メーカーでこの一角に食い込めたところがないのと同じなのである。
こんな状況下、くしくもセター首相は今月14日に訪日し日本車メーカー首脳陣だけでなく岸田首相とも面談する予定だが、既にセター首相はタイはEVにシフトするものの、しばらくはエンジン車も見捨てないということを表明しているので、そこで何らかの条件提示があるはずだ。
正直なところ、就任して間もないセター首相の方が岸田首相より1枚も2枚も上手という感があるが、岸田首相にはタイがアセアンの自動車産業の中心地なれたのは、トヨタを筆頭に早くからタイで現地生産を始めた日本車メーカーの功績であると念押しした上で、少しでも現地日系企業への優遇措置を取り付けてもらいたものである。