前回投稿「米地裁 生成AIの著作権侵害訴訟に初の注目すべき判決」(以下、「米生成AI判決」)で、米国で多発する生成AIの著作権法侵害訴訟に対して下された初の判決について紹介した。日本では訴訟はまだ起きてないが、生成AIによる著作権侵害を訴える権利者団体から著作権法の改正要望も出されていることから、日本の現状および「米生成AI判決」から得られる示唆について検討する。
著作権法30条の4
日本では、2018年の著作権法改正で機械学習による著作物利用は、原則として著作権侵害にならないとされた。改正により新設された30条の4「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」は以下のように定める。
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない。
① 略 ② 情報解析 ③ 略
非享受利用については著作権者の利益を不当に害しないかぎり、必要と認められる限度
において許諾なしの利用を認めたわけだが、30条の4ただし書きの「著作権者の利益を不当に害する利用」は、フェアユースを判定する際に考慮すべき第4要素「原著作物の潜在的市場または価値に対する利用の影響」、言い換えれば現作品の市場を奪うかどうかなので、こうした利用が認められないのは日米共通している。
問題はフェアユース判定の際の第1要素「利用の目的および性質」に対応する「『非享受目的』に該当するか」だが、文化庁は下図のとおり、「主たる目的が非享受目的であっても享受目的が併存しているような場合は、30条の4は適用されない」としている。
「米生成AI判決」のとおり、米国は享受目的があっても変容的利用であれば、利用を認めるのに対し、日本は非享受目的でも享受目的が併存する場合は利用を認めないわけである。上図は最初の2行(薄青色部分)で非享受目的の具体例を示しているが、享受目的については示していない。このため、12月11日に知財本部が開催した「AI時代の知的財産権検討会(第4回)」で、文化庁が紹介した「文化審議会著作権分科会法制度小委員会における議論の状況について」でも主な論点にあげられている。
ただ、米国の変容的利用は「米生成AI判決」のとおり、パロディにフェアユースを認めた1994年の最高裁キャンベル判決に端を発する。このことからもうかがえるように享受目的の利用も当然含まれるので、享受目的が少しでもあるような利用行為には適用されないとする30条の4より適用範囲は広い。
日本は「機械学習パラダイス」論
早稲田大学法学学術院の上野達弘教授は「情報解析と著作権──『機械学習パラダイス』としての日本」で、30条の4を「日本法の中では珍しく外国に自慢できるもの」「日本は,世界に例を見ない “ 機械学習パラダイス”」などと紹介している。
確かに生成AIの出現前はそうだったかもしれない。しかし、生成AIが急速に普及し、「米生成AI判決」のとおり、生成AIによる学習にフェアユースが認められそうな米国に比べると、パラダイスではなくなってくる。判決で判事は結論は陪審の事実審理に委ねたが、判事はAIが言語パターンを分析するために学習したのであればフェアユースが認められるとの法解釈を示したからである。
フェアユースは米国では「ベンチャー企業の資本金」とよばれるようにグーグルをはじめとしたシリコンバレーのスタートアップ企業の成長に貢献した。このため、下表のとおり、米国にならってフェアユースを導入する国は増えている。これらの国で生成AIに対する訴訟が提起されているかは未確認だが、提起された場合、米国の判決を参考にする可能性は十分ある。となると、フェアユース規定のない日本はこれらの国と比べてもパラダイスとはいえなくなる。
<フェアユース導入状況と導入国の経済成長率>
導入年 | 国名 | 2021年GDP成長率 |
1976年 | 米国 | 5.68% |
1992年 | 台湾 | 6.28% |
1997年 | フィリピン | 5.60% |
2003年 | スリランカ | 3.58% |
2004年 | シンガポール | 7.61% |
2007年 | イスラエル | 8.19% |
2011年 | 韓国 | 4.02% |
2012年 | マレーシア | 3.13% |
未導入 | 日本 | 1.62% |
出典:城所岩生「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」(みらい新書)187頁
日本新聞協会の30条の4改正要望
著作権侵害訴訟が多発する米国とは対照的に日本ではまだ訴訟は提起されていない。代わりに30条の4の改正要望が日本新聞協会(以下、「新聞協会」)から出されている(2023.10.16 文化審議会著作権分科会法制度小委員会 資料1参照) 。しかし、この要望は以下の理由で時期尚早である。
第1にエビデンスとしてあげている侵害の主体は米国のプラットフォーマーである。
新聞協会は侵害の実例として、「有料会員限定のコンテンツをもとに作成した回答」、「コンテンツを盗用する海賊版サイトの記事から作成した回答」などを紹介しているが、いずれも侵害しているのは米国の生成AI事業者(以下、「プラットフォーマー」)である。プラットフォーマーは利用規約で著作権侵害の救済を求める場合、米国の裁判所で米国法によって争うことを定めている。著作権者には利用規約の適用はないが、機械学習が米国で行われるかぎり、米国法が適用される。
第2に米国の状況を検証することとなく30条の4を改正することは、国内の生成AI事業者を競争上不利な立場に追いやり、プラットフォーマーを利することになる。
新聞協会は、10月16日の文化審議会著作権分科会法制度小委員会で委員からの「30条の4のただし書きに該当するのであれば、改正は不要ではないのか」などの質問に答えて、「相手がプラットフォーマーなので、ある程度強い権利を確保する必要がある」と回答した。
しかし、この主張はお角違いである。上記のとおり、プラットフォーマーに対する著作権侵害訴訟には米国法が適用されるので、まず米国の権利者同様、米国法が適用される米国の裁判所でプラットフォーマーを訴えるべきである。それをせずに日本法を改正しても国産生成AI事業者の足を引っ張るだけ。技術力、資金力で劣る国産生成AI事業者は日本語に特化した生成AIで対抗しようとしている。そうした事業者を縛り、日本法が適用されないプラットフォーマーが漁夫の利を得る、「弱きをくじき」、「強きを助ける」逆効果を招きかねないからである。
第3に諸外国の状況も検証する必要がある。
10月16日に開催された文化審議会著作権分科会法制度小委員会の資料4「生成AIに関する各国の対応について」は、日本、EU、アメリカ、ドイツ、イギリスと欧米中心に紹介している。確かにドイツ、イギリスのように非営利目的の機会学習に限定する国に比べると営利目的での利用も認める日本は機械学習に好意的といえる。
この表には漏れているが、シンガポールは要注目である。6月に早稲田大学知的財産法制研究所(RCLIP)が開催した「第1回US-Asia国際著作権シンポジウム[人工知能と著作権法]」で発表したGavin Fooシンガポール知的財産庁・著作権部長によると、シンガポールはフェアユースをすでに導入ずみだったが(上表参照)、2021年の著作権法改正で日本同様、営利目的での利用も認める個別権利制限規定も追加したからである。
米国で変容的利用であれば認められるフェアユースについては上表のとおり、アジア諸国も相次いで導入しているので、欧米以外の諸外国の状況の検証も必要である。
以上、まとめると30条の4を改正するには、米国の状況やアジア諸国の状況を十分検証する必要がある。
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