産経新聞が、「安倍派一部に全額還流 裏金疑惑 参院選前、選挙流用か」と題する記事で、安倍派(清和政策研究会)が所属議員に課したパーティー券の販売ノルマを超過した分を政治資金収支報告書に記載せず議員にキックバック(還流)していた問題で、参院選を控えた一部議員にはノルマ分も含めて全額を還流していたことを報じている。
この産経の記事のとおりであるとすると、安倍派から所属議員側にわたった「裏金」が、その政治資金パーティーが行われた直後の特定の参議院選挙の資金として提供されたものだったことになる。
特に問題となるのは、直近の参議院選挙である2022年選挙との関係だ。これまで、最近公開された2022年の政治資金収支報告書で、安倍派のパーティー収入が他の派閥と比較して異常に少ないことと所属議員への裏金の還流との関係が問題視されていたが、2022年の参議院選挙の候補者に対してノルマ分も含めて還流されたということであれば、その「謎」が解けることになる。
そのような、特定の選挙での特定の候補者に対する資金の提供は、公職選挙法上、「選挙に関する寄附」ということになり、選挙運動費用収支報告書の収入欄に記載しなければならない、それを記載していなければ、その分、収入が過少になるので虚偽記入罪に問われることになる。
このような特定の選挙についての候補者を支援する趣旨の金銭の供与は、「陣中見舞い」と呼ばれる。参院選の候補者に対して、パーティー券のノルマ超の売上の還流という、それまで長年にわたって続けられてきたとされる「一般的な取扱い」を超えて、特別に多額の金銭を供与したとすれば、「選挙に関する寄附」という趣旨は明白だ。
その点についての事実解明は、今後、裏金の還流を受けた側の刑事責任の追及の有力な手段となる可能性がある。
今回の政治資金パーティー裏金問題に関しては、「「ザル法の真ん中に空いた大穴」で処罰を免れた“裏金受領議員”は議員辞職!、民間主導で政治資金改革を!」などで、ノルマ超のパーティー券の売上を裏金で受領していた国会議員については、政治資金規正法で処罰することは困難であることを指摘してきた。
国会議員の場合、資金管理団体のほかに自身が代表を務める政党支部があり、そのほかにも複数の関連政治団体があるのが一般的であり、一人の国会議員が管理する財布が複数あり、裏金というのは、領収書も渡さず、いずれの政治資金収支報告書にも記載しないことを前提にやり取りするものであり、通常は、複数ある議員の関連政治団体のうち、どの団体に帰属させるかは考えない。
ノルマを超えたパーティー券収入の還流は現金でやりとりされ、どの政治団体の収支報告書にも記載しない前提で、「裏金」として受け取り、そのまま、どの収支報告書にも記載しなかった、ということである。そうであれば、どの収支報告書に記載すべきだったのかが特定できない以上、(特定の政治団体等の収支報告書の記載についての)虚偽記入罪は成立せず、不可罰ということになる。
ということで、裏金の還流を受けた国会議員について、「政治資金規正法」では処罰は困難であると言わざるを得ない。
しかし、その「裏金」が、特定の選挙での特定の候補者の選挙に関して、その費用に充てる趣旨で行われたとすれば、「公職選挙法」(公選法)違反の成立の可能性が出てくる。それは、その候補者が選任した出納責任者が作成・提出する義務を負い、選挙運動費用収支報告書に正しく記載しなければならないのであり、政治資金規正法の問題のように、その寄附の「帰属」が問題になることはない。
選挙運動費用収支報告書は、「当該選挙の期日の公示又は告示の日前までになされた寄附」については、「選挙の期日から十五日以内」に提出しなければならない。その収支報告書に当該寄附を記載しない場合には、公選法上の違法性は明らかだ。
その作成・提出を行うことを義務づけられているのは出納責任者だが、国会議員の場合には、主要な秘書が行わっているのが通常であり、出納責任者に、その「安倍派からの選挙資金としての裏金寄附」が行われたことの認識がなかったとは考えにくい。当該国会議員との共謀による収支報告書の虚偽記入罪が成立し得るし、仮に出納責任者に認識がなかったとしても、虚偽記入罪は「出納責任者の身分犯」ではないので、国会議員本人について単独で犯罪が成立する可能性もある。
もっとも、この選挙運動費用収支報告書虚偽記入罪の公選法違反の事件についても、問題点はいくつかある。
まず問題となるのが寄附の行為者の供述が得られないことだ。このような選挙のための特別の計らいとしての資金提供は、派閥の長である会長が決定していると考えられる(実際に、細田博之氏が安倍派の会長だった時代に、細田氏が裏金供与の金額を決定していたとの報道がある)。問題となる2022年7月の参議院選挙の時点での安倍派の会長は安倍晋三氏であり、その選挙の直前に銃撃事件で亡くなっている。参議院選挙に関する資金提供であったことについて、寄附者自身の供述を得ることはできない。
しかし、「ノルマ超の売上の還流」が慣例化していたとすれば、なぜ、参院選の候補者について、ノルマ分も含めた還流が行われるのか、その理由については、仮に、議員本人が口を閉ざしても、派閥の会計責任者、議員側の会計担当者の供述を得ることは、それ程困難なこととは思えない。
もう一つの問題は、この選挙運動費用収支報告書の記載については、実質的に選挙運動にかかる費用とその収入とが、すべて報告書に記載されるのではなく、選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などの費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるという取扱いが慣例化していたことだ。つまり、実際に、選挙にかかる資金は巨額だが、そのごく一部しか、選挙運動費用収支報告書に収支として記載されていないという。
まさに、この点に関する公選法違反の解釈・運用が問題になったのが、2013年、猪瀬直樹東京都知事の辞任の原因となった「徳洲会から猪瀬氏への5000万円の選挙資金提供の問題」であり、これについては、当時、私も、検察官時代の実務経験に基づいて「猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか」と題する記事を書き、「公選法の選挙運動費用収支報告書の規定が形骸化している現実」を指摘した上で、「都から認可を受けている病院の経営母体の医療法人から5000万円もの多額の選挙資金の提供を受け、それを全く開示していなかった猪瀬氏のような行為が許されるのであれば、選挙の公正は著しく害されることになる」と指摘した。
結局、この問題で猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、その後、この5000万円の選挙資金提供について公選法違反で告発されていた猪瀬氏は、私の指摘のとおり選挙運動費用収支報告書虚偽記入の公職選挙法違反の罪で略式起訴されるに至った。
この頃までは、選挙運動費用収支報告書についてのルールが形骸化していたことは確かだが、公選法の解釈上は、罪を免れることはできなかった。しかも、それは2013年のことであり、それから10年の間に、報告書の収入の記載についての認識も変わってきた。
今年春の江東区長選挙をめぐる公選法違反事件に関して、自民系の区議1人は今年2月21日に柿沢氏の資金管理団体から20万円を寄付として受け取ったと、区議選の選挙運動費用収支報告書に記載しており、金銭の供与は区議選挙の「陣中見舞い」だったとの柿沢氏側の弁解が裏付けられている(「柿沢未途議員・買収事件、区議選「陣中見舞い」の弁解に“致命的な弱点”」)。
このことからも、現在は、特定の選挙に関して、選挙前に派閥から資金提供が行われていた場合に、それを公選法の選挙運動費用収支報告書に収入として記載すべきとされることに対して反論の余地は全くないと言うべきであろう。公選法違反事件としての立件の可能性は十分にある。
20年前、私が長崎地検次席検事時代に指揮した検察独自捜査でも、自民党の地方組織の公共工事からの利益収奪構造に迫ろうとし、政治資金規正法の罰則を適用して刑事立件を考えた事件が多数あったが、いずれも、公選法上の「寄附」の概念の曖昧さ、政治資金収支報告書への記載義務の構成の困難さ、という壁に跳ね返された。
その時、その壁を打ち破るブレイクスルーとなったのが、公選法の罰則適用だった。自民党県連幹事長が、知事選挙に際して、県の公共工事の受注額に応じてゼネコンに県連への寄附を要求していた。その寄附の中には、政治資金収支報告書に記載された「表の寄附」もあった。それを、公選法199条1項の「特定寄附の禁止」違反で刑事立件し、県連事務所への強制捜査を行った。そこで、「裏の寄附」の存在、大規模な県連政治資金パーティーの収入の一部を裏金化して、表に出せない用途に使っていた事実が明らかになった。
今回の捜査でも、政治資金規正法の罰則適用には、多くの隘路があり、国会議員の処罰につなげることは容易ではない。それを打開する、大きな武器となり得るのが、公選法の選挙運動費用収支報告書不記載罪の罰則適用だ。今日(12月19日)にも行われると報じられている安倍派事務所での捜索では、公選法違反の立件につながる証拠物も徹底した捜索押収が行われることになるだろう。
安倍派政治資金パーティーの「裏金」が、2022年参議院選挙での選挙資金として提供されていた事実が明らかになることは、検察にとってのブレイクスルーになるだけではない。そのような公選法違反の事件が立件され、刑事公判の場で、その立証が行われれば、2022年参議院選挙の際に、「裏金による選挙資金の提供」を行ったのは、その直後に銃弾に斃れた安倍元首相だったことが明らかになる可能性がある。
それは、憲政史上最長の在任期間を誇る「平成の宰相」である安倍晋三という政治家の実像、そして、国政選挙の際に行ってきた「所業」の一端が明らかになことにほかならない。
今回の政治資金パーティーの裏金問題に関して、「安倍氏に極めて近い」ことを自らも認める元NHK解説委員の岩田明子氏は、夕刊フジに寄稿した記事で、
安倍元首相が21年11月に初めて派閥会長となった後、翌年2月にその状況を知り、「このような方法は問題だ。ただちに直せ」と会計責任者を叱責、2カ月後に改めて事務総長らにクギを刺したという。
22年5月のパーティーではその方針が反映されたものの、2カ月後、安倍氏は凶弾に倒れ、改善されないまま現在に至ったようだ。
などと書いている。
安倍氏は、首相在任中は政治資金パーティーの裏金のことは全く知らず、会長になって初めて知って激怒し、ただちにやめるように指示した、というのが岩田氏の「取材結果」だということだが、同じ系列の産経新聞の上記記事を前提にすると、事実関係は全く異なるものであった可能性がある。それは、「安倍晋三回顧録」の出版まで行っている「安倍派言論人」の人達の言説がいかに事実を歪曲するものであるかを示す事実にもなり得る。
検察捜査により、安倍氏が会長を務める安倍派から「参議院選の資金としての裏金」が提供されていたことの真相が明らかになり、「安倍一強時代」の日本の政治史の扉が開くことを期待したい。