顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
アメリカ大統領選挙にからんで共和党候補のドナルド・トランプ前大統領がジョージア州の地方検事に起訴された案件でその検事の愛人関係や人種差別の主張が地元裁判所から不適切だと判断された。
同検事の訴追作業の継続だけは認められたが、同検事が法外の高額で採用した愛人の特別検察官は辞任に追い込まれた。この2人とも年来の民主党支持者である。司法システムをも舞台とするこの大統領選での民主、共和両党の戦いはますます激しく、醜くなる様相を見せてきた。
ジョージア州フルトン郡のファニー・ウィルス地方検事がトランプ前大統領ら19人を2020年の大統領選挙の結果を不当に覆そうとしたとして起訴した訴訟の捜査で特別検察官となっていたネイセン・ウェード氏が3月15日、この検察官ポストから辞任すると言明した。この起訴の捜査に対して同フルトン郡上級裁判所のスコット・マクフィー判事が「不適切に見える部分がある」という裁決を下した結果の辞任だった。
この事件では黒人女性のウィルス検事がトランプ氏らへの捜査推進のために親しい関係にあった黒人男性のウェード弁護士を特別検察官に雇い、60万ドルという法外な額の報酬を払ったことから、トランプ氏側がこの起訴処分自体の正当性を問う訴えを起こしていた。
その訴えの動議ではウィルス検事がウェード弁護士を特別検察官に任命する以前から愛人関係にあったことが複数の証人により指摘された。ウェード弁護士は既婚者だが、ウィルス検事と頻繁に観光旅行をして、その費用も資金源や2人の間での分担などが曖昧なことが判明した。
ウィルス検事はこの恋愛関係はウェード氏を特別検察官に任命した後に始まったと主張したが、親近者らの証言でその主張が事実ではないと判定された。マクフィー判事はウィルス検事が責任を持つ捜査に愛人を特別検察官として雇うことは不適切だったと裁定し、ウェード氏が辞任するか、ウィルス検事自身が辞任するか、いずれかの道を選ぶように勧告した。その結果、ウェード特別検察官が辞め、ウィルス検事はそのままの立場でトランプ氏らの起訴に伴う捜査や公判準備を継続する意向を表明した。
しかし今回のこの混乱の結果、ウィルス検事が着手した起訴事件の追及自体が遅れる可能性も生まれてきた。
なおウィルス、ウェード両氏とも年来の民主党活動家で司法の世界にあっても、予てからトランプ氏や保守派への強い政治的反対は堂々と表明してきた。だからこの起訴自体にもどうしても、民主党陣営が共和党側を司法という手段を使って政治的に攻撃するという印象が生まれるわけだ。
しかしマクフィー判事の裁定で注目されたのは、ウィルス検事がこの案件の進行中の今年1月に地元で行った講演について「この訴えの一部の関係者に人種上の中傷を与えた」と批判した点だった。ウィルス検事はこの講演で自分とウェード氏への非難に対して「彼らは捜査陣のなかの黒人を攻撃しているのだ」と述べた。
「彼ら」について実名はあげなかったが、自分やウェード氏を非難するトランプ陣営側の白人関係者を指していることは明白だった。
この点、マクフィー判事は裁定のなかで「この発言はウィルス検事やウェード氏を批判する側が人種差別を動機としているという『人種カード』の利用とも思われる」と、批判を込めて言明していた。人種の問題が大統領選の争いにも絡んでくるというアメリカの現実とも言えそうだ。
■
古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。