中国の習近平国家主席のフランス、セルビア、ハンガリー3カ国の欧州歴訪は‘中国離れ’が見え出してきた欧州の流れに何らかのインパクトを与えただろうか。習近平主席の5年ぶりの欧州3カ国訪問の成果とその狙いについて駆け足で振り返った。
習近平氏の2019年以来の欧州訪問のハイライトはフランス訪問(5日~7日)だ。習近平主席はマクロン大統領との首脳会談、それに欧州連合(EU)の欧州委員会のフォンデアライエン委員長を交えた3者会談、その前にはフランス企業指導者との経済懇談会などをこなしている。
マクロン大統領は昨年4月5日から7日までの日程で北京を公式訪問し、習近平主席と会談し、その後、習近平主席が自ら広州など中国内を案内するなど、異例の厚遇を受けている。習近平主席の今回のフランス訪問(国賓)はその返礼訪問だ。
マクロン大統領は訪中前、フランスのメディアとのインタビューで、「欧州は台湾問題で米国の追随者であってはならない。最悪は、欧州が米国の政策に従い、中国に対し過剰に対応しなければならないことだ」と指摘、米中両国への等距離外交を強調した。マクロン大統領の発言が報じられると、米国やドイツなど欧米諸国から「西側の対中政策の歩調を崩す」といった批判が高まったことはまだ記憶に新しい(「『パンの誘惑』対『共通の価値観』」2023年4月12日参考)。
仏大統領府筋によると、マクロン大統領は習近平主席との会談では両国間の経済関係の強化のほか、ウクライナ問題など国際問題についても意見の交換をした。1年前のマクロン氏の訪中では、50社以上の同国代表企業が随伴し、仏航空機大手エアバスは中国航空器材集団から160機を受注、仏電力公社EDFと中国国有の国家能源投資集団は海上風力発電の分野で合意するなど、大口の商談が次々とまとまった。習近平主席は今回、経済界との会談で、原発や航空機事業分野で共同プロジェクトの他、仏産チーズ、ハム、ワインなどの輸入拡大に意欲を示した。同時に、米国を念頭に、「経済・貿易の政治問題化に反対する」と強調したという。
注目すべき点は、マクロン大統領は前回の訪中で欧米から批判を受けたことを踏まえ、今回は習近平氏との首脳会談だけではなく、EUのフォンデアライエン委員長を招いて3者会談を開いたことだ。
予想されたことだが、同委員長は中国側の経済政策を厳しく批判した。曰く、①市場アクセスの不均衡:EU企業が中国市場にアクセスする際には、しばしば制限や障壁に直面する一方、中国企業はEU市場へのアクセスに比較的容易になっている。これはEU側の不満の源泉だ、②補助金と競争の歪み:中国政府は、多くの産業に補助金を提供し、これが国内市場での競争を歪め、EU企業との競争にも影響が出ていること、③EUと中国の間で貿易不均衡が存在。EUは巨額の貿易赤字を抱えている等々、対中国貿易での問題点を突っ込んで説明した。
マクロン大統領はEU委員長にEUの立場を説明させる一方、自身は仲介者の立場を取り、中国との経済関係を深めていくという高等戦術を展開させている。そして訪中時の返礼として、マクロン大統領は自身のゆかりの地、南仏オートピレネー県のツールマネー峠に習近平主席夫妻を招くなど、習近平主席との関係強化に関心を注いでいる。
参考までに、マクロン大統領は7日、Xで「習近平国家主席、広東で私を歓迎してくださったのと同じように、私にとってとても大切なオートピレネーのツールマレー峠で皆様をお迎えできることをとても嬉しく思います」と発信している。
その後、習近平主席はセルビアを訪問し、アレクサンダル・ヴチッチ大統領と首脳会談をした(ヴチッチ大統領は2022年2月、訪中し、習近平主席と会談した)。今年は北大西洋条約機構(NATO)がセルビアの首都ベオグラードにある中国大使館を間違って空爆した事件から25年目を迎える。中国側は米国への批判を込めて、セルビアとの協調関係を演出したわけだ。
セルビアは伝統的に親ロシア派だが、2014年以来、EUの加盟候補国だ。中国側にとってバルカンの盟主セルビアはギリシャのピレウス湾岸から欧州市場を結ぶ中継地として重要な位置にある。セルビアには多数の中国企業が進出している。ハンガリー・セルビア鉄道、ノビサド・ルマ高速道路の建設をはじめ、2016年には中国鉄鋼大手の河北鉄鋼集団が、セルビア・スメデレボの鉄鋼プラントを買収した。2018年8月末にはベオグラード南東部にある欧州最大の銅生産地ボルの「RTBボル」銅鉱山会社の株63%を12億6000万ドルで中国資源大手の紫金鉱業が落札している。
中国企業の進出は歓迎されるが、「債務の罠」(debt trap)に陥るケースも出てくる。セルビアの隣国モンテネグロ政府は、アドリア海沿岸部の港湾都市バールと隣国セルビアの首都ベオグラードを高速道路で結ぶ計画を推進するために多額の融資を中国政府から受けたために借款返済に苦しんでいる。セルビアでも対中借款が増え、国の全借款4分の1は対中借款だという(「バルカン盟主セルビアの『中国の夢』」2022年12月19日参考)。
習近平主席の最後の訪問国はハンガリーだ。習近平主席は8日夜、ハンガリー入りし、9日、オルバン首相と首脳会談をした。その後の記者会見で、習近平主席は「中国とハンガリー両国の関係は最良の時を迎えている」と指摘、両国関係を包括的戦略パートナーに引き上げたことを明らかにした。イタリアが離脱した巨大経済圏構想「一帯一路」にハンガリーは依然深く関与し、中国との関係を深めている。ハンガリーのメディアによると、両国は電気自動車(EV)や鉄道、原発分野などの協力事業で合意したという(「ハンガリーの中国傾斜は危険水域に」2020年4月30日参考)。
なお、ハンガリーは今年下半期のEU議長国だ。EU、NATO加盟国でありながら、ロシアとの関係も維持するオルバン首相のハンガリーは中国にとって欧州市場の絶好の窓口となっている。
なお、中国国営通信新華社によると、習近平主席は「中国と欧州双方はパートナーとしての位置付けを堅持し、対話と協力を続け、戦略的意思疎通を深め、戦略的相互信頼を増進し、戦略的共通認識を凝集し、戦略的協力を行い、中欧関係が安定かつ健全に発展するよう推進し、世界の平和と発展に新たな貢献を続けていくべきである」と述べている。5年ぶりの習近平主席の欧州訪問はその布石であり、フランス、セルビア、ハンガリーの欧州3カ国はその目的を実現するための駒というわけだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。