西バルカン諸国が現在、欧州統合を加速させてきていることはこのコラム欄で紹介したばかりだ。ブリュッセルで開催された欧州連合(EU)首脳会談は15日、ボスニア・ヘルツェゴビナの加盟候補国入りを正式に決定したことで、西バルカン諸国5カ国が加盟候補国のステイタスを得た。
その結果、西バルカン諸国は完全にEUの勢力圏入りかというと、そうとは言えない。バルカン諸国は旧ユーゴスラビア連邦の崩壊後、6共和国(2自治州)から構成された共和国がいずれも独立国家となったが、冷戦時代にソ連共産圏の影響下にあったこともあって、ロシアとはその後も伝統的な友好関係を維持してきた国が多い。特に、バルカンの盟主セルビアはロシアと関係が深く、セルビア正教会はロシア正教会と依然深い関係を持っている数少ない正教会だ。
ただ、ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、バルカンでもロシアに対する批判の声が高まってきている。一方、バルカンでロシアの政治的影響が揺れ出したのとは対照的に、中国の影響が広がってきている。ここでもセルビアはバルカン諸国の中でも目立っている。
中国企業がセルビアに進出、ハンガリー・セルビア鉄道、ノビサド・ルマ高速道路の建設をはじめ、2016年には中国鉄鋼大手の河北鉄鋼集団が、セルビア・スメデレボの鉄鋼プラントを買収した。2018年8月末にはベオグラード南東部にある欧州最大の銅生産地ボルの「RTBボル」銅鉱山会社の株63%を12億6000万ドルで中国資源大手の紫金鉱業が落札した。中国人が直接経営するセルビア会社としては2社目だ。
独仏共同出資のテレビ局「アルテ」は先日、セルビアで活動する中国企業やそのコミュニティの様子を報道していた。それによると、4年前に中国側に吸収されたボル銅鉱山の町に住む市民は「工場からアパート、輸送道路などがあっという間に建設されていった。もちろん住民との話し合いはなかったから、われわれは全く知らない。ただ、工場からの排気煙などで市の空気が汚染されてきた」という。
「アルテ」によると、毎朝、労働者が工場にくるが、「彼らは輸入された労働者」で全て中国人だ。彼らは朝から夕方まで働き、近くの簡易なアパートに戻っていく。「アルテ」の記者が英語で声をかけても誰一人として英語を話す労働者はいなかった。人懐こい笑顔を見せながら、アパートに戻っていく労働者の姿だけが印象的だ。
給料は高くないが、故郷で稼ぐよりいいというので中国本土からバルカンのセルビアまで出稼ぎに来ている労働者だ。また、中国鉄道から派遣されたビジネスマンはセルビア企業を回りながら商談交渉し、新たなビジネスの道を模索する姿が報じられていた。
セルビアには多くの中国企業が進出。それに伴い中国コミュニティが至る所に生まれてきた。首都ベオグラード市内を歩けば多くの若い中国人を見かけるが、彼らの多くはセルビアに最初に移住した中国人の2世だ。セルビア語もでき、セルビア社会に溶け込んでいるケースが多い。
「アルテ」では、若い中国人女性が市内で喫茶店を開店するために、中国人ビジネスマンへの通訳業の仕事をやめて起業するという話を紹介していた。不動産会社と交渉し、仕事のパートナーと店舗を探す様子が映っていた。彼女は「ここで中国人が喫茶店をオープンしたと開けば、多くの中国人が来ることは間違いない」と笑顔で語る。すなわち、ベオグラードには十分な中国人の潜在的ゲストがいるというわけだ。
中国側にとってバルカンの盟主セルビアはギリシャのビレウス湾岸から欧州市場を結ぶ中継地として重要な位置にある。習近平国家主席が提唱した新シルクロード構想「一帯一路」計画でセルビアは重要な拠点だ。
中国企業の進出は歓迎されるが、「債務の罠」(debt trap)に陥るケースも出てくる。セルビアの隣国モンテネグロ政府は、アドリア海沿岸部の港湾都市バールと隣国セルビアの首都ベオグラードを高速道路で結ぶ計画を推進するために多額の融資を中国政府から受けたために借款返済に苦しんでいる。セルビアでも対中借款が増え、国の全借款4分の1は対中借款だという。
習近平国家主席は今年2月5日、北京冬季五輪開会式に出席するため訪中したセルビアのブチッチ大統領と会談し、「中国とセルビアは互いに頼りになる友人であり、両国は高度の政治的相互信頼で結ばれており、両国関係は近年、飛躍的に発展してきた」と述べている。
セルビアは2014年以来、EUの加盟候補国だが、同時に、ロシアや中国と深い経済関係を構築してきた。ただ、EUがウクライナ戦争でロシアに、そして人権問題で中国に厳しい制裁を実施してきただけに、セルビアは国家の行方でいつまでも二股をかけているわけにはいかなくなることが予想される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年12月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。