エルドアン氏よ、「ハマス」はテロ組織

イスタンブール発の外電を読んで驚いた。トルコのエルドアン大統領は13日、「パレスチナ自治区ガザでイスラエルとの戦闘で負傷した1000人以上の「ハマス」のメンバーをトルコ国内の病院で治療している」と記者会見で語ったのだ。ただし、大統領の発言に驚いたのは当方だけではなく、トルコ政府側もビックリしたのだろう。その直後、「トルコ国内で治療しているのはハマスのメンバーではなく、ガザの住民です。大統領の勘違いでした」という訂正コメントを流しているのだ。

プーチン大統領とエルドアン大統領の会合(2022年8月5日、クレムリン公式サイトから)

トルコ内の病院で治療を受けているのはガザ住民であって、欧米諸国でテロ組織に指定されているイスラム過激派テロ組織「ハマス」のメンバーではないということで、大統領の発言による不都合な内容は訂正されたが、エルドアン氏の発言にはもっと厄介な箇所がある。エルドアン大統領は「ハマスは民族解放運動を展開し、イスラエルから占領地を奪い返そうとしている」と説明し、ハマスを全面的に支持しているのだ。明確な点は、エルドアン大統領は「ハマス」を民族解放運動と受け取り、過激派テロ組織とは考えていないことだ。

トルコは北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、欧州連合(EU)とは加盟交渉をしている。その大統領のエルドアン氏は上記のような発言を公の記者会見の場で語ったのだ。同記事を読んで「トルコはどの方向を向いているのか」と改めて考えざるを得なくなった。ウクライナ戦争ではロシアのプーチン大統領の主張にも理解を示し、ガザ紛争ではさらに一歩踏み込んで「ハマス」支持を全面的に打ち出しているのだ。

ガザ戦争の発端は、「ハマス」が昨年10月7日、イスラエルに奇襲テロを行い、約1200人が虐殺され、252人が人質として拉致されたことだ。もちろん、イスラエルが1948年にパレスチナ人が住んでいた領地に建国し、多数のパレスチナ人が難民となったという歴史的な事実はある。それならば、ユダヤ民族はイスラエル建国前まではアラブ諸国では迫害を受け、多くのユダヤ人が難民となったという事実はどうなのか。ガザ紛争を歴史問題まで広げると、解決が遠ざかっていく。問題をテロ問題に絞るべきだ。テロは国際法から絶対に容認されない行為だ。

ちなみに、エルドアン大統領は昨年10月にもトルコ国会で中東情勢について演説し、パレスチナ自治政府ガザを軍事攻撃するイスラエルを「テロ国家」と糾弾する一方、「ハマス」を「パレスチナ民族の解放勢力」と主張している。また、トルコ国内のクルド労働者党(PKK)をテロ組織として激しく攻撃する一方、「ハマス」に対しては民族解放運動と受け取り、トルコ国内で一時期、「ハマス」の拠点すら容認したことがあった。

ガザ紛争で多くのパレスチナ人が犠牲となり、負傷しているのは、「ハマス」がパレスチナ人の女性、子供たちを自身の戦闘の盾に利用しているからだ。彼らは病院や学校などの施設に潜伏し、イスラエルを攻撃している。一方、イスラエル側は可能な限り民間人の犠牲を抑えるために、戦闘開始地域から住民が避難するように呼び掛けたビラを配っている。通常の戦争でビラを配って民間人の避難を呼び掛ける国があるだろうか。「ハマス」はガザのパレスチナ人に避難せよと呼び掛けたことがあったか。

ウクライナと戦闘しているロシア軍を見てほしい。彼らは民間施設をターゲットとし、ウクライナのエネルギー供給施設などを破壊している。ロシア軍の軍事行動こそ人道上の犯罪だ。「ハマス」とロシア軍の違いは後者はれっきとした軍事組織であり、前者はイスラム過激派テロ組織だ。両者に共通している点は民間人を自身の戦いに利用し、戦いを有利にしようとしていることだ。

それにしても、エルドアン大統領の言動には首を傾けざるを得ない。繰り返すが、ロシアを批判せず、「ハマス」のテロ活動を黙認し、同時にウクライナ戦争の仲介役を演じ、ハマスへ連帯を表明しているのだ。エルドアン大統領はイスラム原理主義者の政治組織「ムスリム同胞団」を支持し、イスラム過激派運動の背後にその「ムスリム同胞団」が暗躍していることは周知のことだ。

なお、イスラエル軍はガザ最南部ラファへの攻撃を開始し、北部でも戦闘を再開している。最大の同盟国・米国はイスラエルに軍事攻撃を考え直すべきだと警告している。「ハマス」の奇襲テロへの報復は理解できるが、軍事攻勢で多くのパレスチナ人が犠牲となれば、結果的には第2、第3の新たな「ハマス」が生まれてくる。「ハマスの壊滅」を掲げるネタニヤフ首相は厳しい選択を迫られている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。