医師増員のため、医学部を廃止せよ - 井上晃宏(医師)

寄稿

医師不足を解消するため、医学部定員の増加が必要とされているが、設備や教員の拡充がままならないため、すぐに定員を増やすことはできない。しかし、今すぐ、養成医師数を増やす方法がある。それは、医学部を廃止することである。


医師国家試験で問われる水準の医学知識は、高卒程度の基礎知識があれば、独学で習得可能である。学校教育は要らない。「国家試験は必要最小限度の知識であって、医学部の教育目標は、それよりも、ずっと上にある」と医学部教員は言うだろうが、実際には、医学部を卒業するのに必要なものは、国家試験程度の知識だけである。それだけが、医学部卒業者の品質保証となっている。

実技教育は、ほとんど行われていない。OSCEは落ちる人のいない試験である。臨床実習の実態は職場見学である。それは必要なことではあるが、医学部でなければできないということはない。つまり、医師国家試験があれば、医学部など必要ないのである。医師国家試験の受験資格を無制限とし、知識さえあれば、誰でも医師になれるようにすべきである。必要な実技は、卒後臨床研修により、合格後2年間で身につければよい。

一見、乱暴なようだが、2005年以前の司法試験は、まさに、このような制度で行われていた。旧司法試験は、学歴無制限の選抜試験だった。それで、特に問題はなかった。むしろ、学校教育を義務化した新司法試験の方が、はるかに合格者の達成水準が低い。独学でも、人は勉強をすることができるし、評価さえ適切に運用されるなら、学校教育は不要なのである。

コメント

  1. https://me.yahoo.co.jp/a/u540mrdbVIb5etvNTFCFUJ40iuo-#576de より:

     大賛成です。司法試験についても触れられておりますが、まさにその通りですね。
     池田信夫さんは更に拡張して「職業免許の廃止」を提唱しております。(ハイエクが原典だが)
     昨今の資格試験は学歴及び実務経験が無いと受験機会すら与えられないものが多いです。
     電気系で最も難しいとされている電験一種はどなたでも受験できますが、遥かに容易な施工管理技士は学歴に応じて実務経験が必須です。
     建設業を開業するには施工管理技士が事実上の資格となっており、電気主任技術者の出番は全くありません。
     これは単に国土交通省と経済産業省の縄張り争いだけの様な気がしますが、電気通信工事業だと更に総務省も絡んできます。
     薬学部は6年となり、むしろ学歴偏重の傾向が強まっているように感じられます。この理由を考えてみますと、資格取得をボトルネックと化し、新規参入を妨害する事が目的と考えれば合点がいきます。
     こういったご意見を現役の医師の方が表明してくれることは大変有難いです。

  2. localsg より:

     医学部なしで医師国家試験の受験資格を担保しようとするならば最低限、
    1.生理、生化、解剖、微生物・細菌の基礎試験を受けて解剖実習の受講資格を取る
    2.解剖実習
    3.解剖実習後により高度な解剖試験+薬理、病理の基礎知識試験
    4.OSCEレベルの臨床基礎知識試験

     この程度をこなしてからでないと危なくて臨床実習もさせられません。何やらかすか、分かりませんからね。確かにOSCEは誰でも合格出来るレベルかも知れませんが、それはあくまで「底辺私大であろうと医学部に入れる程度の頭を持った人間が普通に医学部で勉強していれば誰でも合格出来るレベル」であるということに上の筆者は気づいていないようです。

  3. localsg より:

    追加します。
     そもそもこの議論では大前提が間違っています。
     今の医師不足は単に医師の頭数が足りていないと言うことではなく、医療の需給バランスが狂っていると言うことです。

     医療の国際比較をした時に極めて日本が特異であるのは国民一人当りの医療機関受診回数(先進国平均のほぼ2倍)、と人口1000人当りの急性期病床数(先進国平均のほぼ2.5倍)です。

     日本の保険医療下で病院のペイラインは病床稼働率90%以上ですから、民間病院が9割を占める日本で病院がそれほど倒産していない(病院倒産件数は年間50件弱)と言うことはそれだけの病床が実際に稼働していると言うことになります。日本人は他の先進国に比べそんなに入院が必要な病気をたくさん抱えているんでしょうか?

     救急車の出動件数は10年前のほぼ2倍に達しています。我々は10年前に比べそんなに救急車を呼ぶほどの重症になりやすくなったんでしょうか?

     今の医師不足問題は医師の供給不足が主因ではありません。明らかな過剰需要が原因です。そちらを解決せずに医師の頭数を増やしたところで何の解決にもなりません。

  4. arcsine より:

     今回の提言同様、薬剤師も薬学部卒である必要性はまったくないと思います。薬学部6年制に関しては傍から見れば薬剤師の既得権強化に他ならないわけですが、彼らにしてみれば薬剤師の質向上により医療に貢献できると本気で思い込んでいるようです。
     医師不足の問題もそうなのですが、制度を設計する側が患者さん視点でないことが根本的な問題だと思います。本当に患者さんにとってどういったことが必要かということから考え始めればこんなことにはならないのではないでしょうか。

  5. mtcrk より:

    こういう意見が出てくる時代になったのですね。カミングアウトするなら自分も他業種から縁あって医療に転換しました。他業種はどんな一流大学を出ていようと、運動部で活躍していようと社会で激しい競争にさらされます。医学部はもちろん優秀かつ真摯な方もみえないことはないが、どんなグウタラでも、どんな性格破綻者でも今までは淘汰されることはありませんでした。本当に驚きました。たまたま高校卒業の時点で偏差値が高いか、家が金持ちか、親の執念と情報があるかで、ほぼ約束された世界です。だから今は進学校の生徒はほとんど医学部をめざす歪んだ状況です。もっと能力、体力の必要な社会はいくらでもあるのに。でも親の立場なら、危険の少ない道に進ませたいと思うのでしょう。よくわかります。旧司法試験のように誰でも受けられるとなると社会適応に不安のある方が押し寄せすぎてしまいますが、少なくともたかだか大学入試の段階での医学部進学者以外にも門戸を開いたほうが医学の発展にも良いでしょうね。ついでに言うと会社員で医者かそれ以上に守られすぎてきたのは民放テレビ局のみです。この二つを改革しない限り、構造改革など聞いてあきれます。

  6. https://me.yahoo.co.jp/a/u540mrdbVIb5etvNTFCFUJ40iuo-#576de より:

    >今の医師不足は単に医師の頭数が足りていないと言うことではなく、医療の需給バランスが狂っていると言うことです。

     多分、多くの方がこう思っているかも知れませんが、全く関係有りません。
     後半の「医療の需給バランスが狂っている」は正しいですが、前半の部分は正しくありません。
     頭数は関係ないのです。需給バランスが保てるまで頭数を増やせばよいのです。
     要するに開業医が多く勤務医が少ない状態なら、勤務医が必要数に達するまで医師を増やせばよい。
     いずれ開業医だって飽和するでしょうから、勤務医に廻ってきます。
     これは全ての業界に言えることです。一部で足りなければ、そこが足りるまで増やしていけばいずれ足りるようになります。

  7. a_inoue より:

    あとで、まとめてエントリにしようかと思っていましたが解剖実習とOSCEはテクニカルな問題なので、ここに書きます。
    1.解剖実習
     必要ありません。何カ月も、水槽の中でホルマリン漬けにされたカチカチの遺体を腑わけするより、本を読んだ方が効率的に学習できます。
     かつての解剖実習は、自殺者が出るほどハードだったと聞いています。今でも、大学によっては大変でしょう。しかし、「一生懸命やった」からといって、「意義があった」と勘違いしている人が多いのも事実です。
    2.OSCE
     これも国家試験の科目の一つにすればよい。司法試験が、択一、論述、口述の三段階だったように、医師国家試験も、基礎、臨床、実技の三段階にしてはどうでしょう。もちろん、その準備のために予備校が流行る可能性はありますが、私大医学部よりはずっと安くつくでしょう。何よりも、利用するかどうかは、自由なのですし。

  8. localsg より:

     海外の医学部を卒業した人でも現在は日本の医師国家試験を受験することは出来ません(アメリカを除く)。しかし、卒業した国によっては医師国家試験予備試験を受験することが出来、これに通れば国家試験本試験を受験することが出来ます。

     で、この試験内容がWEB上にアップされていました。
    http://594orz.jp/%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E8%A9%A6%E9%A8%93%E4%BA%88%E5%82%99%E8%A9%A6%E9%A8%93

     この試験内容だと私が学生の頃に受けた試験とほぼ同レベルです。つまり現在の日本の医学部教育では卒業するまでにこのレベルを担保してから卒業させていると言うことです。 
     で、この試験の合格率はと言うと海外の医学部を卒業した人が受けて2.5%です。ちなみにこの10年現役合格者は0だそうです。

     仮にこの予備試験を医学部卒業生以外にも開放したとします。その合格率は当然ですが1%に届かないレベルになるでしょう。この医師国家予備試験を医学部卒業生以外に開放したとして医師不足を解消出来るほどの合格者がいると思いますか?

  9. localsg より:

    >頭数は関係ないのです。需給バランスが保てるまで頭数を増やせばよいのです。
     要するに開業医が多く勤務医が少ない状態なら、勤務医が必要数に達するまで医師を増やせばよい。

     問題は質を担保したまま数を増やせるかどうか?ということでしょう。箸にも棒にもかからない医者をいくら増やしたところで何の解決にもなりません。

     あなたはそう言う医者にかかっても平気かも知れませんが、私は勘弁願いたいところです。

  10. a_inoue より:

    >で、この試験の合格率はと言うと海外の医学部を卒業した人が受けて2.5%です。ちなみにこの10年現役合格者は0だそうです。

     当たり前ですよ。日本語で医学知識を試験するんだから。
     受験者は、全員が外国人でしょう。日本語が読めなくては、いくら医学知識があっても、合格はできません。
     選択問題ならまだしも、文章で説明させる問題まであります。

    問題例)
    第9問 次の項目について簡潔に説明せよ。
    1 Two Compartment Model
    2 部分活性薬 (Partial Agonist)
    3 初回通過効果 (First Pass Effect)
    4 薬理遺伝学 (Pharmacogenetics)
    5 オーファンドラッグ (Orphan Drug)

     この解答を英語で書けと言われたら、私だってお手上げです。

  11. a_inoue より:

    >箸にも棒にもかからない医者をいくら増やしたところで何の解決にもなりません。

     現状でも、どうしようもない医師はいくらでもいるではありませんか。知識をアップデートしていないならまだいい方で、教わったはずのことを忘れてしまっている人とか。
     そんな人にでも、仕事をさせなくてはいけないほど、医師不足は深刻なのです。
     医師の絶対数が増えれば、遠慮なく不良医師を排除することができます。たとえば、免許取得後、10年おきに更新試験を実施すればいい。

  12. localsg より:

    >受験者は、全員が外国人でしょう。日本語が読めなくては、いくら医学知識があっても、合格はできません。

     残念ながら、多くは日本の帰国子女です。

    >現状でも、どうしようもない医師はいくらでもいるではありませんか。知識をアップデートしていないならまだいい方で、教わったはずのことを忘れてしまっている人とか。

     そう。要するにこれ以上質を下げる方策をしてどうするのか?と言うことなんですが。

    >そんな人にでも、仕事をさせなくてはいけないほど、医師不足は深刻なのです。

     ですから、やるべきことは需要を減らすことです。日本の医療の異常さは需要の過剰です。医師一人当り先進国平均の2倍の外来受診数、先進国平均の2.5倍の入院患者数を見ているから医師不足なのであって、これが先進国平均並みと言うことになれば事実上医師数は2倍になったのと同じです。

     一人前の医師を育てるのに要する期間(医学部だけじゃなく、卒後研修期間も含めて)を考えれば、こっちの方がはるかに容易」だと思いませんか?

  13. a_inoue より:

    >残念ながら、多くは日本の帰国子女です。

     外国語で教育を受ければ、それは、外国人と同じです。
     Soleus muscleを「ヒラメ筋」と訳すことが即座にできなければ、この試験は受からないわけです。

    >要するにこれ以上質を下げる方策をしてどうするのか?

     少なくとも、国家試験合格時の質は上がります。
     医科大学を卒業しなくていいなら、大学入試とか、一部の教員の趣味につきあう必要がないので、試験勉強だけに専念できます。
     現状は合格率9割です。わずか7割の正解率で合格してしまう。まったく恐ろしい話ですね。受験者数が増えれば、合格水準を高く設定できます。

     医療需要を減らす方法は思いつきません。窓口負担を上げれば、経済的弱者が犠牲になります。欧州のように、受診制限を行えば、公的医療から私的医療に資源は流れ込み、やっぱり弱者が犠牲になります。結局、なんらかのコストがかかります。

  14. arcsine より:

    医師の頭数を増やすことももちろん重要なことですが、医師が医師でなくてもできる仕事に忙殺されていることも問題なのではないでしょうか。それを解決するには、医師にしか認められていない医療行為の範囲を縮小し、看護師や薬剤師ができる業務を拡大することです。
     
     医師の方々には本当に高度な専門性が必要とされる仕事に専念して頂いて、それほど専門性の高くない業務を看護師や薬剤師が担当すれば、医師の負担は軽減されると思うのですがいかがでしょうか?

  15. 司法試験は、成績の良い者を選ぶ選抜試験であり、医師国家試験は基準に満たない成績の者を落とす足切り試験です。もし、医師国家試験を司法試験並みの難易度の高い選抜試験にしたら、30歳近くの1人の医者の卵を生むために,その周りに何10倍の医師国家試験浪人という悲惨な理系の廃人の群れを作り出すことになります。それは国家的損失です。やはり,選抜は大学入試の段階で行い,理系の貴重な人材を,環境技術など他の分野に供給すべきでしょう。

  16. localsg より:

    >Soleus muscleを「ヒラメ筋」と訳すことが即座にできなければ、この試験は受からないわけです。

     医師国家試験を受けるレベルの人間であればその程度のことは普通に出来て欲しいものです。文章を書くのと単語レベルの話は全然別でしょう。

    >少なくとも、国家試験合格時の質は上がります。

     これで合格時の質が上がるという根拠がありませんね。現状の医学部の学年末試験レベルの方が医師国家試験よりはるかに高水準です。だからこそ合格率が9割にも達しています。受験者の数がいくら増えたところで受験者の質が上がらなければ合格者数は変わりません。

    >一部の教員の趣味につきあう必要がないので、試験勉強だけに専念できます。

     その程度の余力を持って医師国家試験に合格出来るレベルだからこそ、今の医師水準が保たれていると言うことですよ。試験勉強に専念しなければ国家試験に合格出来ないようなレベルでは逆に不安です。現在の医師国家試験の合格率は9割ですが、落ちた人のほとんどは翌年の受験で合格しています。その水準を保って医学部は運営されています。
     今の医師国家試験は「間違って医学部を卒業してしまったけど、本来は医師になる水準に達していない」人を振り落とすためのものです。

  17. localsg より:

    >医療需要を減らす方法は思いつきません。

     14でarcsineさんが指摘された話も回答の一つです。また、日本ではホスピタル・ベースのGPが極端に少ないので、本来は専門医の仕事ではないようなことまで専門医がやっています。また、これにより患者もいくつもの専門医を受診しなければならないため、これが受診回数を押し上げている理由になっています。
     入院患者については本来療養病床や老健・特老,在宅で管理するべき患者が急性期病床にいるために医師一人当りの入院患者数を増やしています。現在国は急性期に資本投下を集中するなどと言っていますが、本来は真逆で急性期からの受け皿をきちんとすることの方が重要なのです。

  18. さらに,これからの人口減少社会において,医師の数を増やすこともナンセンスです。確かに,これから20年間は,高齢化した団塊の世代が,こぞって病気になって,一時的に医療の需要が増えますが,その後は逆に医療需要が減少してしまいます。今から医学部の定員を増やして医者の数を増やしたところで団塊の世代の医療需要に間に合いません。蕎麦の出前の注文の電話があって,これから蕎麦を栽培するようなものです。それどころか,そんなことをしていたら,20年後は,ワーキングプアの医者が続出して社会不安を招きかねません。20年後の世界に向けて求められる人材は,脱炭素社会を達成する優秀な理系の科学技術者だと思います。医療に関して今やるべきことは,団塊の世代の医療サービスを供給する40~50代の現役医師が,20年後までに廃業しないように医療環境を整えることだと思います。

  19. a_inoue より:

    localsgさんは、ずいぶん昔に医学部を卒業した方のようですね。

    >現状の医学部の学年末試験レベルの方が医師国家試験よりはるかに高水準です。

     「学年末試験」とは何のことだかよくわかりませんが、現在行われている進級試験はCBTです。あの試験の水準をご存じなのでしょうか?

     百歩譲って、国家試験よりも、医学部の”進級試験”とか、単位認定試験の方が高水準だとしましょう。だったら、国家試験の水準をそちらに合わせればよい。各大学が個別に単位認定や卒業認定をするよりも、統一して認定する方が、はるかに効率的です。つまり、大学は必要ない。

  20. rionaoki より:

    「現状の医学部教育のレベルであれば、医学部を廃止して筆記試験にしても十分」という論旨は非常に明解に示されている思います。

    しかし、そこから医学部を廃止すべきという結論をだすのは早計です。上の命題が正しいとして、二つの選択肢があります:

    ・医学部教育より筆記試験の方が優れているので医学部を廃止して筆記試験に移行する
    ・現状の医学部教育は筆記試験で十分な程レベルが低いので医学部教育を立て直す

    前者の医学部の廃止を訴えるには、

    ・医師の品質保証をあげる場合でも医学部教育より筆記試験が優れている
    ・医師の品質保証は現状で十分である(よって筆記試験でよい)

    の二つのいずれかの仮定が必要でしょう。どちらの仮定もそれほど明らかなように思われません。

  21. a_inoue より:

    >30歳近くの1人の医者の卵を生むために,その周りに何10倍の医師国家試験浪人という悲惨な理系の廃人の群れを作り出すことになります。

     受験回数に制限をつければよろしい。新司法試験の三振制度がそれです。

    >20年後は,ワーキングプアの医者が続出して社会不安を招きかねません。

     医師の所得が低下することは、医師にとっては困ったことですが、社会全体にとっては良いことです。安く医師を使えるのだから。

    >20年後の世界に向けて求められる人材は,脱炭素社会を達成する優秀な理系の科学技術者だと思います。

     では、その科学者を誰が雇用するのでしょうか?Ph.Dの就職先がなくて、まさに社会問題になっているのです。それに目をつぶって、さらにPh.Dを増やそうというのでしょうか。

  22. localsg より:

    >百歩譲って、国家試験よりも、医学部の”進級試験”とか、単位認定試験の方が高水準だとしましょう。だったら、国家試験の水準をそちらに合わせればよい。各大学が個別に単位認定や卒業認定をするよりも、統一して認定する方が、はるかに効率的です。つまり、大学は必要ない。

     で、百歩譲って統一試験制度にしたとします。その方法で医師数を増やせるという根拠を説明してください。増やせるわけ無いでしょ。

     先に書きましたように医師国家試験予備試験の合格レベルは海外の医学部を卒業した人で2.5%です。単語レベルでの知識差が日本で医学を学んだ人とはハンディがあるとはいえ、その点は医学部で学んでいない人と全く同様です。むしろ、外国語でとはいえ医学の基礎知識があるという点でははるかに有利です。

     従って医学部以外の卒業生にこれを開放したところでその合格率は1%を下回る水準になることが容易に想像出来ます。で、その程度の合格率の試験でどうやって医師不足を解消するのですか?

  23. localsg より:

    追加します。

     現状、医学部で学ぶ水準というのは基礎にせよ臨床にせよ、日常診療で必要なレベルを超えたところで行われています。例えば眼科をやるなら国家試験レベルの内科の知識すらすべては必要ないでしょう。

     ではなぜ、そのレベルまで学ぶ必要があるのか?そこについてもう少し考えてみてください。あなたの言う「一部の教員の趣味につきあう必要」の意味を考えてください。効率だけの問題ではないのですよ。

     ただ単に医師数を増やすだけなら、最も簡単なことは個別の診療科ごとに国家試験を設けて日常診療で必要な最低水準の知識を問う試験をするだけで済みます。このレベルなら確かに別に医学部で学ぶ必要はないでしょう。
     でも、そうして生まれた医者はあなたがいう「現状でも、どうしようもない医師」レベルよりはるかに下がります。

     このことは質を担保したまま医師数を増やすのにはどうしたらよいか?と言う問題じゃないのですか?で、あなたが出した「医学部を廃止する」と言う回答はこれに対して何も答えていないんですよ。

     

  24. localsg より:

     結局のところ、あなたの言っていることって、医師に「ゆとり教育を導入しろ」と言っているのとさして変わらないように思えます。

     解剖実習不要論についても同様です。円周率が3なのか、3.14なのか、3.141593なのかは日常生活では全く関係ありません。鎌倉幕府がいつ興ったのか知らなくても日常生活には全く関係ありません。じゃあ、何故我々は学ぶ必要があるのでしょう?

    >、「一生懸命やった」からといって、「意義があった」と勘違いしている人が多いのも事実です。

     あなたはこう言いましたが、これに意義がないと考えている時点で「ゆとり教育」を生み出した日教組や文科省と同レベルだと言うことなんです。一見必要がないように見えることの奥底にある必要性が教育というものでしょう。
     教養と言うものの必要性とは何なのか?何故、教科書で学ぶだけではダメなのか?もっと考えてください。あなたの言っていることはあまりにも短絡的です。

     

  25. a_inoue より:

    >むしろ、外国語でとはいえ医学の基礎知識があるという点でははるかに有利です。

     では、なぜ予備試験の合格率が低いのでしょうか?そんなに日本の医学部の水準が高いとも思えません。
     最も考えられるのは、日本の医学部定員によって、医師の数を制限したいという意思が働いているということです。海外の医学部を出て、日本で医師免許を取るという抜け道を作りたくない。

     学ぶ理由を明確に示せないような科目は、学ぶ方にとってではなく、教える方にとって必要だから教えているんだと思います。たとえば、自分のポストを維持するためというような。
     臨床に必要であっても、ポストが用意されていない分野については、医科大学は恐ろしく冷淡です。学外から講師を招けば教えることができるのに、それすらしない。逆に、ポストさえあれば、意地でも教えようとする。

    >結局のところ、あなたの言っていることって、医師に「ゆとり教育を導入しろ」と言っているのとさして変わらないように思えます。

     いや、逆です。講義とか実習なんて効率の悪い教え方をしているから、水準が低いんです。顕微鏡をのぞいて、質の悪い標本をスケッチするなんてことをしている暇があったら、写真を書き写して構造を暗記して、とっとと先に進むべきです。

  26. localsg より:

    >localsgさんは、ずいぶん昔に医学部を卒業した方のようですね。

     ご指摘のとおり、厚労省の医籍検索を見るとあなたよりはだい(10年以上)先輩のようですね。

    >では、なぜ予備試験の合格率が低いのでしょうか?そんなに日本の医学部の水準が高いとも思えません。

     既に書きましたが、少なくとも私の世代ではあの予備試験と同レベルの試験を学生時代にクリアしてから国家試験に臨んでいるのですが。
     あのレベルの試験に合格出来ないとなれば、受験者の質が少なくとも私の世代の医学生よりレベルが低いとしか言いようがないのじゃないでしょうか?
     
    >いや、逆です。講義とか実習なんて効率の悪い教え方をしているから、水準が低いんです。

     これは真逆ですね。あなたの言う「効率の悪い教え方」(実はこれは最も効率の良い方法です)をしているからこそ、一見無駄なようなことを教えているからこそレベルが上がるのです。断片的な知識を得るだけならあなたの言うように講義・実習は無駄なものでしょう。ですが、医師が知らなければならないのは断片的な知識ではなく、「極めて複合的な有機体としての人間」です。

  27. localsg より:

    > 学ぶ理由を明確に示せないような科目は、学ぶ方にとってではなく、教える方にとって必要だから教えているんだと思います。

     学ぶ理由を明確に感じ取れなかった自分の責任について、もう少し考えてみてください。一見必要のないことの必要性を感じ取れなかった自分の責任についてもう少し考えてみてください。他人のせいにしても始まらないのですよ。

    agora編集担当のかたへ。

     正直、あまりに低水準な議論になってきましたので、私も疲れました。たかだか、卒後5年程度の医師の言うことを真に受けて医学教育論を語るなど、度が過ぎていると思いませんか?
     医学部教育の重要性、教育における無駄の意味合いなど、一人前の医師にもなっていない卒後5年程度でどうやって理解出来るんでしょう?こういう恥ずかしい医師を生み出した医療界の責任は同業者として痛感しますが、それをマスメディアで煽ることの意味って何ですか?

     これ以上のコメントは私も避けますが、もう少し質の高いコラムを掲載されるよう望みます。一般受けすればいいってものじゃないんですよ。

  28. 解剖というのは,身体の構造を知識として学ぶという単純なものではありません。献体していただいた方の遺志を継ぐという大切な行為です。無言の遺体は医学生に,例えば次のように語りかけてきます…「私の病気は現在の医療では治せなかったけれど,いつか未来の子供たちが,私と同じ苦しみを味わうことのない日が来るように,私の身体を使って学んでください」と。このように他者のために,一切の見返りなく自分の身体を献じる尊い心に触れる機会も無く,単なる知識を効率よく暗記してテクニカルに試験をパスした者が,はたして本当に人の命を救えるでしょうか?

  29. isseishimiz より:

    コメント欄、興味深く拝見させていただきました。
    わたし自身の意見は、 localsgさんの意見にちかく、自己負担率を上げて医療の需要を少なくしたほうがよい(供給を増やすのではなく)、という考えです。

    ただし、 localsgさんの議論の仕方は、あまり感心しません。コメント27番にて、

  30. localsg より:

    >isseishimizさん

    >わたしはこの言葉は、アゴラ編集部に対しておっしゃっているものと解釈しますが、投稿規定は単に「筋が通っていれば載せる」ということだったはずです。編集部が井上さんの意見に賛同しているわけではない、と考えます。

     申し訳ありません。agoraの投稿規定を存じ上げませんでしたので、ある程度は編集部で取捨選択しているものだと思っておりました。

     改めてagora編集部にはお詫び申し上げます。

     このコメント欄で議論水準が低下してきたこと自体については、私が彼の論調につきあってきたことにも責任がありますので、その点は一端の責任はあると思います。

     ただ、正直なところ、彼の新しいエントリーである「解剖実習と精神論」や「学歴インフレへの処方箋」を読むにつけ「何言ってもだめだな、これは」感があまりに強く、議論をする気にもなれません。

    例えば
    >農夫に細菌学はいらない。何らかの方法で、「高等教育が必要な人」を選抜しなくてはならない。

     一度で良いから北海道の「三友牧場」へ行き、牧場主の言葉を聞いてみればよいと思います。彼よりもよほど教養も高く、物事の本質を分かっている方だと思います。

  31. isseishimiz より:

    >>localsgさん
    コメントありがとうございます。

    わたし自身は、医師ではないので、専門的な議論(たとえば、どうすれば質を担保できるか)ということは、わかりません。
    なので、意見の対立している専門家のかた同士の議論は、とても参考になります。

    ただ、コメント欄での議論は埋もれてしまう傾向がある(読まないひとが多い)と考えられるので、それはもったいない、と考えます。

    したがって、わたしは、localsgさんも、ぜひとも井上さんに対する反論を、記事としてアゴラに投稿してほしいと考えています。

    localsgさん自身も、

  32. agora_inoue より:

    > あのレベルの試験に合格出来ないとなれば、受験者の質が少なくとも私の世代の医学生よりレベルが低いとしか言いようがないのじゃないでしょうか?

     今、問題にしているのは「海外の医学部を卒業した人」です。それで、ほとんど問題なく、海外では免許を取り、臨床をやっている。
     国内外の臨床レベルに大差ないとするなら、日本の医師国家試験予備試験は過剰な資格規制だということになります。

  33. bobby2009 より:

    localsgさんは、大学では国家試験以上の事を勉強しているので、国家試験だけにすると知識が不足すると述べておられるようです。

    しかし試験の内容を変えて、より広い範囲から出題するようにすれば、受験者は「localsgさん」が仰るような内容も独学するでしょう。試験の内容が今と同じである必要はありません。

    勤務医の仕事量を減らす一つの効果的な方法は、一般外来を止め、救急を除き、開業医からの紹介による専門的な診療だけを完全予約制で行うようにすれば良いのです。

    勤務医の時間が慢性的に不足している時に、開業医と同じ診療をする必要があるとは思えません。

  34. ap_09 より:

    医業は国家による免許制で、資格による独占業務ですが、それを認可する国家試験が十分条件を満たしているとはとても思えません。もし、医学部を無くして本気で必要十分条件レベルの試験にしたいのならば、筆記のみでも最低1-2週間位かけて全科目網羅すべきなのではないでしょうか?

    つまり、現在のところ、日本国は医学部で行われる教育を信頼して、確認程度に一応国家試験を施行していると考えたほうが良いと思います。実際に医学部で受ける教育では、知識の面だけから見ても、国家試験で問われることより、はるかに膨大な情報が伝達されているのではないでしょうか?

    それと、医学部というのは、いわば職業訓練校であり、人が直に教育に当たる6年間は他の何ものにもかえられない、試験などでは絶対に計測できない面があると思います。これは教官・学生のみならず、学生同士、地域との関わりも含む、包括的な全人教育とでも言うべきことです。

  35. ap_09 より:

    医業の特殊性は、患者さんを顧客と考えた場合、顧客は受けるサービスの良し悪しを、ほとんど対人関係のマナーの点でしか評価できないことが上げられるのではないでしょうか。

    勝手になおる病気は医師にかからなくてもなおりますし、全世界の英知と技術で対処しても手の施しようがない病気や怪我もあれば、良い医療によって結果が全然違うこともあるのは、いうまでもありません。医師の専門的技量について、素人にその良し悪しがわかるのでしょうか?ましてや、顧客は具合が悪いのですから、それだけで既に、普段の健全な精神状態とは違う状態で判断することがほとんどです。

    話がそれましたが、つまり医師が一定以上のレベルのサービスを提供しているかどうかというのは、セカンド・オピニオンを制度化でもしない限り、ほとんどその担当医師の独断に委ねられており、これが信頼に足らない人物だと、とんでもないことになるということです。

    その意味では日本の医療をアメリカのように、“医療産業の一部という経済活動”、として割り切る愚を犯しては、決してならないと思います。

  36. ap_09 より:

    国家試験という名のペーパー試験だけで、ある人物が、医療研修を始められる段階、問診・診察、医薬を処方したり、人様にメスを入れたりすることを委ねて良い人物かどうかを判断するのは、不可能だと思います。

    詰め込み可能なテクニカルな知識という観点だけで、医業の職能が測定できると考えるのは、大変危険です。
    その道のプロフェッショナルである医学部教官から薫陶を受け、同じ医師を目指す学生同士で切磋琢磨して過ごす6年間の学びの場とは、代替の効かない貴重な教育の場と時間なのではないでしょうか。

    最近のことはわかりませんが、arcsine(コメント14)さんのおっしゃるように、日本の医師は、医療チームのほかのメンバー(看護師、介護師、検査技師、薬剤師、キャリアー等)の職務を兼業したり、これらのメンバーで十二分にできることを独占して(国家資格として)行っていることが多いです。まずこの点を改善するだけで、医師の負担はかなり減るのではないでしょうか?

  37. bobby2009 より:

    >試験などでは絶対に計測できない面があると思います...包括的な全人教育とでも言うべきことです。

    あきらかな建前論であり、現実的ではありません。医学部には、親が開業医というだけで入学してくるボンクラ馬鹿息子も多数います。「うさぎ狩り部」なんて氷山の一角でしょう。馬鹿息子が大学教育で立派な人になるのなら、大学生はみんな聖人君子でしょうか?

    >つまり医師が一定以上のレベルのサービスを提供しているかどうかというのは、セカンド・オピニオンを制度化でもしない限り、

    世の中には、馬鹿で無知な患者ばかりいるわけではありません。開業医の評判の良し悪しは、先生のあたりの良さだけはありません。見立てや治療の良し悪しの結果は、治癒の期間と結果で明白になります。

  38. ap_09 より:

    Bobby2009 様
    >あきらかな建前論であり、現実的ではありません。
    そうでない人ももちろんおいでなのでしょうが、自分の経験から申し上げたまでなので、ap_09は現実には存在しないとおっしゃるわけですね。

    >親が開業医というだけで入学してくるボンクラ馬鹿息子も多数います。
    “ボンクラ馬鹿息子”という状態は、どうやって定義されるのでしょうか?私は世襲にはそれなりの価値があると思っています。「親の背中を見て育つ」という点です。
    ボンクラ馬鹿息子が医療問題になるほどおいでになるのであれば、世襲医師と1世医師、医学部入学時や成績、国家試験の成績と、医療事故と犯罪率がどう関連しているか調べる必要がありますね。不勉強で恐縮ですが、ご存知でしたらどうか資料をご教示ください。

  39. ap_09 より:

    bobby2009 様
    >世の中には、馬鹿で無知な患者ばかりいるわけではありません。開業医の評判の良し悪しは、先生のあたりの良さだけはありません。
    どうか35の始めの2つのパラグラフに、もう一度目をお通し下さい。また、ご参照下さい。Lee et al. Patient satisfaction and its relationship with quality and outcome of care after acute myocardial infarction. Circulation. 2008; 118:1938-45.

    >見立てや治療の良し悪しの結果は、治癒の期間と結果で明白になります。
    残念ながらこれが明白でないため、巨額を投じて臨床治験というものが全世界で行われているわけです。もう一つ残念なのは、日本には良い研究が随分あるのに、臨床治験への研究費は低いですね。

  40. bobby2009 より:

    >“ボンクラ馬鹿息子”という状態は、どうやって定義されるのでしょうか?

    私は世襲医師全体を非難していません。私の中学時代の2人の同級生は、伝え聞くところによれば、立派な医師になっているようです。

    しかし、友人が高校時代にクラスメートだった人は、親に「あれを買ってやる、これを買ってやる」と言われていやいや医学部へ行き、やっとの事で病院を継いだが、院内で度々事故を起こして問題になったそうです。

    ところでボンクラ馬鹿息子の見分け方ですか?何をどうすれば、というのを説明するのは難しいですが、あなたが普通に人の良し悪しを判断できる方で、5分も相手と話せば、普通はすぐに見分けがつくと思います。ボンクラ馬鹿息子というのは、何不自由なく育ったお金持ちの子弟に発生する事が多いようなので、なにも医者の息子に限った事ではなく、世の中いろいろなところで散見されるようです。

  41. bobby2009 より:

    >残念ながらこれが明白でないため

    明白になり難い理由の一つは、ある病院の医者が診断し治療した個々の患者の追跡調査が一般的に困難であるという事実があると思われます。しかし私が指摘したのは、科学的事実の追求ではなく、患者が自分の役に立つ程度に有効であるか否かという事です。

    私の実家は弩田舎に開業医が2つしか無く、ほぼ閉じた世界ですからどこの誰がどっちの医者にかかり、どんな問題が起こったか、結局どうなったかという事が、統計調査などしなくても地元の人にはすぐに伝わってきます。このような「評判システム」は、医療リテラシーの無い人達でも、結果だけで判断できるので、単純で効果的なしくみです。

  42. localsg より:

     長くなりますので、分割して投稿します。
     初めて井上氏の議論で問題の本質に迫る話が出てきましたので議論を進めてみたいと思います。

    >今、問題にしているのは「海外の医学部を卒業した人」です。それで、ほとんど問題なく、海外では免許を取り、臨床をやっている。
     国内外の臨床レベルに大差ないとするなら、日本の医師国家試験予備試験は過剰な資格規制だということになります。

     江戸時代では医師には免許制度自体がなく「自分は医師だ」と名乗れば医業を行うことができました。もちろん、それで問題なく臨床を行うことができました。あくまで当時のレベルとしては・・・です。
     さらに時代が進み、戦前までは医師免許は医学部を卒業すると同時に交付されました。国家試験なるものは存在していませんでした。もちろん、それで問題なく臨床を行うことができました。もちろん、これもあくまで当時のレベルとしては・・・の話です。

     さて、井上氏は海外の医学部を卒業した医師がその国では問題なく臨床を行うことができるとおっしゃっています。もちろん、その通りです。が、それはあくまでその国の水準としては・・です。

  43. localsg より:

     彼の説の仮定にありますように「国内外の臨床レベルに大差がないとするなら」、もちろん日本でもここまで厳しい医師国家試験予備試験を行う必要はないでしょう。現実問題としても海外の医学部出身レベルでも日常診療を行うレベルであれば、実はそれほど問題はないと思います。現に時々世間を騒がせる「偽医者」が存在可能な理由はそこにあります。医学部教育を受けていなければ日常診療が不可能だ、ということであるならば「偽医者」なるものは存在しようがないわけです。
     実際、医師の仕事の9割まではルーチンワークです。実は残りの1割にプロフェッショナルとしての仕事が存在していると言っても過言ではありません。

     問題はこの残りの1割の話なのです。
     この残りの1割の部分にどれだけの高みを求めるのか?これが医学教育の問題になります。

  44. localsg より:

     さて、この残りの1割の話です。当たり前の話ですが、この1割の中でより高みを求めようとすれば、当然のことながら要求される水準は等比級数的に上がっていきます。例えば、周産期死亡率を出生1000対100から出生1000対10に引き下げるより、出生1000対10から出生1000対5に引き下げる方がはるかに難しく、高度な技量・能力が要求されるわけです。

     医師国家試験の問題も実はこれと全く同じです。

     確かに井上氏の言うように、海外の医学部を卒業した人はたとえ日本の医師国家試験予備試験に合格できなくとも、その国ではその国の水準並みに問題なく臨床を行っています。ですが、内外の臨床レベルに大差があるかないかというのは、実は残りの1割にかかる部分、より高度な医療をどれだけ求めているのか、にかかってくる問題なのです。

     そして、この水準を求めているのは誰か・・・というとこれは医師ではなく医療を享受する側、患者側の問題なのです。

  45. localsg より:

     実は現在の日本における医療水準は世界各国からみて「非常に高い」と言って過言ではないレベルです。これは先進各国と比較しても高いと言っていいと思います。

     医療崩壊が最も進行している産科においてすら周産期死亡率(生まれた子供の死亡率)はこの20年世界最少を譲ったことがありませんし、10年前には先進国平均程度だった妊産婦死亡率は現在世界トップ5~世界1を争う低さになっています。

     ここまで必要なのか?と問うのは実は医療者ではなく、患者側の話です。

     そして、現実はどうかというと、医療者が見てもこれは救命不可能だろうという事例が民事で、甚だしきは刑事で訴訟になり、少なからずの事例において医療者側が敗訴しています。

     実は患者側からの要求水準により医師免許を取るのはより難しくなり、医療者のレベルアップが求められていると言うことなのです。

  46. localsg より:

     さて、井上氏が言うように医師国家試験を解剖を経験したことすらない、一般学部の学生に開放したとします。

     この時に現在の医師水準と同レベルの医者を輩出できるか?ここが問題になるでしょう。

     非常に面白いことに別のエントリーで彼は「理容師と美容師の資格を分ける必要はないし、これらにも十分な教育を与える必要はない」と主張しています。

     もちろん、その通りです。ただし、これはあくまでも顧客側が「剃毛のトレーニングを受けたことのない人間に剃毛をゆだねることができる」という条件を満たした場合の話になります。顧客側が剃毛はしてほしいが、皮膚やのどを切られるのは勘弁、という場合にはやはりそれ相応の教育と資格試験が必要になります。

  47. localsg より:

     あ、あと、bobby2009氏の認識にはものすごい誤解がありますので追加。

    >ついでですが、理容師と美容師の区別にも合理性がありません。男女、どちらの髪の毛も切れるようにするべきでしょう。

     理容師と美容師の資格の違いは男女どちらの髪を切るかという話ではなく、剃毛資格を持っているか否かの違いです。男性でも美容院でカットしてもらうことができますし、女性でも顔そりをしてもらうためには理容資格を持った人にかからねばなりません。

  48. localsg より:

     さて、以前のコメントで私は「たかだか卒後5年目程度の一人前にもなっていない医者が医学教育論を語るな」と井上氏を非難しています。

     なぜか?卒後5年目程度で医学の奥深さ、そして何よりも臨床の恐ろしさを十分知り得ているとは思えないからです。

     医師のトレーニングとは学生時代に培った基礎医学や臨床医学のバックボーンの上に現場経験を積み重ねていくことです。学生時代の教育とは医師としての土台です。彼が言っていることはこの土台作りには講義は必要ないし、実習は必要ない。独学で本を読むだけで済む、ということに他なりません。

     はたしてこれでまともな医者を作れるのか?ということが問われていると言うことです。

  49. localsg より:

     ここで、このコラムを読んだ私の知人が極めて面白いたとえをしていたので紹介します。

     幾ら「美味いウドンの作り方」を、沢山の本を読んで文字情報として猛勉強しても、醤油の味とかカツブシ出汁の味や香りは、実際に嘗めたり食べたりしなければ理解できない。生魚の生臭い臭いを嗅いだ「経験」があるから、本に書いてある「カツブシは煮すぎると生臭みが出るのでサッと引き上げ・・・」という記述が理解できる。

     魚を実際に見たことのない砂漠の原住民には、「カツブシの生臭み」なんていう料理本の記述は理解できない。出来るのは「サッと引き上げないと生臭くなる」、「引き上げるタイミングは数秒で」という文字情報をメモリーすることだけである。

     こういう「実地体験」を欠いた、本で読んだだけの知識しか持たないから、お湯が何cc、カツブシが何gで、投入してから何秒で引き上げる、というレシピマニュアル通りの「作業」しか出来ない。

  50. localsg より:

     医学部教育における実習の意味合いはここにあります。特に解剖実習は人間の構造を知識ではなく体感として認識するためにあります。

     また、医学部の講義ととは何か。知識を持たない素人が解剖実習を受けたところで、「どこを見るべきか、どこを見てよいのか」が分かりません。系統講義の中で教えているのは単なる教科書の文字の羅列ではなく、その教科書に書いていることの何が重要であるのか?です(もちろん低水準な講義もあるのですが・・・(苦笑))。残念ながら、これは独学で教科書を読むだけでは身につかないものです。基本知識を持たない人間が教科書をいくら読んだところで、要点を把握することができないのです。そこに講義の意味があります。

  51. localsg より:

     かつて、最近の若者は米の炊き方すら知らない、米を洗うと書いてあれば米を洗剤で洗うものがいる、という笑い話がありました。知識と認識の差を端的に示している話だと思います。

     米やうどんレベルの話であれば、教科書を読むだけで何とかやっていけるかもしれません。それすら、実地経験のトレーニングを積まなければ、ファーストフードチェーンレベルのうどん・ごはんすら作れないでしょう。それを専門店レベルのものに引き上げようと思えば、当然そこには修行が必要になります。

     しかも、我々が相手にしているのははるかに高度な「極めて複合的な有機体としての人間」です。要求される水準も当然はるかに高くなります。

     解剖実習もしたことのない、教科書で学んだだけの知識しかないぺーぺー以前の医者を臨床現場で手取り足取り教えるとなると、これは医師不足を解決する手段になるでしょうか?むしろ医療崩壊をさらに進行させる恐ろしい話になると考える方が妥当のように思えます。

     

  52. shlife より:

    医師の不足を補うのに、裾野を広て増やす方法では患者が大変に苦労します。わずかな判断差で、結果に違いが出やすい分野ですから、医師には高い資質が求められてよいはずです。試験や現場で、まずは会話力や常識などで選考される土壌がないと酷いことになるかと思います。

    先にもありますが、需要側から見て整理するほうが効果的でないでしょうか。(医師の質が問われますが?)
     開業医が病院に入る。 
     安易に病院にかからない(かぜで、抗生剤をもらうのは止めましょう)。 
     いたずらな延命処置は避ける(緩和ケア、インフォームコンセント、QOL概念、らの充実)。
     

  53. ap_09 より:

    41.bobby2009 様
    いや~、この数日間アゴラに驚愕するような記事が載ってましたんで、身分もわきまえず出没しては誤字脱字だらけの恥ずかしいコメントを書き散らしておりましたが、今時日本で何が起きているか、随分勉強になりました。

    医療崩壊についてこんなサイトもあるんですね。
    http://www.geocities.jp/vin_suzu/iryou3.htm

    馬鹿馬鹿しいので黙っていようと思ったのですが、

    >弩田舎に開業医が2つしか無く、ほぼ閉じた世界ですからどこの誰がどっちの医者にかかり、どんな問題が起こったか、結局どうなったかという事が、統計調査などしなくても地元の人にはすぐに伝わってきます。このような「評判システム」は、医療リテラシーの無い人達でも、結果だけで判断できるので、単純で効果的なしくみです。

    39.でも述べましたが、医療が病気にどれだけ効果を与えているかを判断するのは大変難しいです。個人によって治療に対する反応は違いますし、治療には副作用もつきものです。医者でも専門以外の病気になったら、どの医者が本当に優れているか、その専門家の内部からの評判でも知らない限り、見分けはつかないでしょう。

  54. ap_09 より:

    外国までわざわざ出かけて行って、ようやく悟る私も情けないには違いないですけど、アメリカに来て、欧米文化の中で暮らしてみて初めてわかったのですが、

    日本ほど、医者に限らず、医療従事者全体が、患者さんを一番に考えて、誠心誠意尽くす人がたくさん医療に従事している国は、無いですよ。

    西洋人の書く医学のは、教科書や学会雑誌を含め、崇高なフィロソフィーとか美辞麗句を連ねて書いてありますけど、実際にそういう精神に則って、誠実に職務に励む人は、欧米先進国には少ないです。そして、発展途上国には高度医療そのものがありません。
    もう医療崩壊で、変わってしまったのかもしれませんが、全般に日本の医療従事者というのは、大変良心的に、ハイレベルでよくやっていますよ。
    この高い精神性というのは、医療に限らず、日本社会全般に言えることですが。

    なんだか、今の日本には、池田先生のよくおっしゃるルサンチマンを、刺激、表層化、拡大して、勤勉に社会に貢献している人を引き摺り下ろし、日本社会を内部から崩壊させたい人が工作してるじゃないか、と感じてしまうのは、私だけなんでしょうか?

  55. bobby2009 より:

    >日本ほど、医者に限らず、医療従事者全体が、患者さんを一番に考えて、誠心誠意尽くす人がたくさん医療に従事している国は、無いですよ。

    ap_09さん。私は日本の医療従事者の熱意と善意は感じますが、「治してやっている」という押し付けがましさが前面に現れていて、好きではありません。

  56. ap_09 より:

    bobby2009 様

    始めて意見が一致しました。その点は私も100%同意です。そういう態度で患者さんに臨む医療従事者かが日本では人によりけりなんでしょうね。

    一つお教え頂きたいのですが、現在日本に患者の「自己決定権」というのはどのくらいあるのでしょうか?
    患者に自己決定権があれば、医師が「治してやっている」などという態度は取れません。

    医師は患者を診ると見立てをし、病状と予想される経過、治療にはどんなオプションがあって、どのような効果・副作用があるか説明します。そしてどの治療を選ぶかは

    “患 者 が 決 め る” のです。

    その決定には経済的考慮も含まれます。またカルテを管理するのは医療側ですが、カルテの情報は原則的に患者さんのものでもありますから、医療側はそれを開示する義務があります。

    外来には自分の過去のカルテのコピーを持参して医者に見せる患者がたくさんいます。またクリニックに来るたびに、医師の説明をメモする人が普通なくらいです。それが現在アメリカ医療のスタンダードです。

  57. bobby2009 より:

    ap_09さん、

    >そういう態度で患者さんに臨む医療従事者かが日本では人によりけりなんでしょうね。
    >そしてどの治療を選ぶかは“患 者 が 決 め る” のです。

    私は日本の患者の態度も嫌いです。自分の病気や怪我の事なのに、自分で考える事を拒否して「思考停止」状態に陥っています。医者への依存心が強すぎるのです。その反動でしょうか、治療の結果が悪いと、すべての責任を医者に求めます。ap_09さんが指摘されるように、治療の方針は患者が決めなければなりません。

  58. shlife より:

    インフォームコンセントには、多くの問題があります。(経験です)
     ・患者が本当のことから目をそらしがち。
     ・医者も、事実を話すのは責任が伴うので、曖昧、気休めを言う。
     ・会話の場なのに、双方とも相手の価値観に配慮なく、不信感が残る。
     ・マニュアルや資料が準備されてない。(最低限の情報が理解できない)
     ・悪くすっると医師側の押し付けになるか、患者の無いものねだりが前面に出る。

  59. ap_09 より:

    bobby2009様

    >私は日本の患者の・・・自分の病気や怪我の事なのに、自分で考える事を拒否して「思考停止」状態に陥っています。医者への依存心が強すぎるのです。その反動でしょうか、治療の結果が悪いと、すべての責任を医者に求めます。

    bobby2009 さんのおっしゃるように、日本の経験では、私にもそのように見えました。またそういう習慣から、医者に詳しく聞いて自分の病状を知りたくても、聞けないと思っている人がたくさんおいでなのではないですか?

    >ap_09さんが指摘されるように、治療の方針は患者が決めなければなりません。

    個人的には100%同意なんですが、これは個人主義と集団主義という文化の違いでもあるので、日本の皆さんがどう考えるかで、急に意識を変えるのは難しいのかもしれません。

  60. ap_09 より:

    いずれにせよ、日本の医療サービスの消費者というのは、自分の受けているサービスの質を知ることができないということになります。

    この状態で、
    1. 医師の教育制度の変革(医学部廃止?医局制度の撤 廃は既に実現)や、ましては
    2. 医療制度そのものを変える(医療サービスの自由競争化)

    という提案をするのは無理、というより、それなりに成果の上がっている制度を、理由もわからず改革したいうことになってしまうのですが、そんなことして大丈夫なんしょうか?

    まず情報開示をどのようにしたらできるか、医療サービスの提供・受容者の間で、どうやったら一方向性でなく、双方向性のコミュにケーションが取れるか、医療から我々が受けられる恩恵とは何なのか、「病気や怪我をなおす」のに、限りある人智が及ぶ範囲は何なのかをまず知らなければならないのではないですか?

  61. bobby2009 より:

    ap_09さん、

    >どうやったら一方向性でなく、双方向性のコミュにケーションが取れるか、

    時間はかかるが効果的なのは、学校(小中高)での教育だと思います。成人に対しては、効果は薄いが即効性のあるテレビの利用(お茶の間に影響力のあるタレントを使った政府広報番組の制作)を地道にやるくらいしか思い浮かびません。

    >それなりに成果の上がっている制度を、

    医療予算の破綻で、いまの制度が根本的に破局を迎える前に、長期的に維持が可能となる改革をすべきなのでしょうね。

  62. katz55 より:

    そもそも、進級試験がCBTだけという考えはどこから?
    実際に卒業した大学がCBTだけだった?
    そんなレベルの大学なんて、本当にあるんですか!?

    少なくとも、自分が卒業した医学部ではlocalsgさん同様、卒業試験、進級試験の方が医師国家試験より難しかったですよ。
    ちなみに、卒業年度は2006年なので、inoueさんと大して差はないと思いますが。