21世紀のケインズ 第四章 相場師ケインズ

小幡 績

流動性の罠については、第三章に昨日書いたが、最後のところはやや飛躍がある。

プラスの流動性選好とマイナスの流動性選好を混乱して議論している。厳密に言えば、上手くすり替えて議論をつなげてしまっている。

そう。流動性選好にはプラスのものとマイナスのものとがあるのだ。


プラスの流動性選好とは、金融市場が普通の状態でのものであり、いわば平時の流動性選好だ。つまり、第三章でも触れたように、ケインズ自身の意図は、金利が下がりすぎて、債券価格が高くなりすぎており、値下がりを待ってから買おうという投資家がすべてなので、いくら貨幣が増えても、現金から債券の買いにシフトしない、という現象である。

これは極めて健全な行動だ。値段が高すぎるから買わない。そりゃそうだ。

これをなぜ、流動性の罠、などと呼んだのか。それは金融政策の側の都合であって、金融緩和が効果が無い、という自己の視点に問題を置き換えてしまっているからである。価格が上限に達しただけで、それに何の不思議があろう。金融緩和政策が効かない、と言う話も、そもそも常に金融緩和政策に依存した投資をしている投資家も、それを常に望んでいる金融市場も、それがおかしいのであり、緩和バブルである。バブルにおいて、バブルになっているモノ(債券)に投資しないのだから、それは罠とは正反対のまっとうな行動であり、結果である。

しかも、ケインズの時代のように、その上限が(金利の下限が)2%なら、まだ余地があるのに下がらない、ということだろうが、ゼロ金利であれば、もはや理論的に下がりようがないから、罠でも不思議でも何でもない。

ほんとうの問題は、正反対の流動性選好だ。

すなわち、債券価格が極端に暴落し、不当に安すぎる状態になったときに、そのときに、流動性を選好する。それが問題なのだ。

すなわち、債券価格が暴落して、利回りは極めて高くなっている。その債券を満期まで持っていれば高い利回りが実現する。その発行者のリスクもそれほど高いわけではない。だから、普通に考えれば買いなのだが、誰も買わない。債券よりも貨幣、現金を持っていたいと思う。つまり流動性選好が存在する。そうすると債券は買い手が現れず、ますます暴落する。

これが危険なマイナスの流動性選好だ。逆バブルと言っても良い。安すぎるのに、なぜ買わないのか。倒産などのリスクがあるからではない。ファンダメンタルズよりも安いのだ。だから、目をつぶって買っておけば、平均的にはプラスのリターンが出る。それなのに買わない。なぜか。

まだまだ下がるからだ。

更に下がったところで、債券を買いたい。さらなるそういった代チャンスのために現金で待機しているのだ。

本来は2000円の価値のある株が1200円まで下がっている。明らかに買いだ。800円儲かる。しかし、それでも買わないのは、1200円が明日には1000円、あさってには800円まで下がる可能性があるからだ。800円で買えば、1200円儲かるし、機会費用ということでは、1200円で買っては400円損をする。

このさらに400円儲けることを狙っているのが流動性選好なのだ。1200円よりも下がるのは確実。800円まで行くかどうかわからない。しかし、1000円まで落ちたあと、戻ってあがってしまったら、そのときこそ買えばよい。1100円で買えれば、1200円で買ったのよりはましだ。これが、相場師の底を確認してから買う、というセオリーである。

これがマイナスの流動性選好であり、相場師ケインズの流動性選好である。

これをケインズは実際には問題視している。流動性選好の時には、債券の利回りが低下して張り付くケースを述べているが、彼の本質は逆の暴落局面にある。

それが大恐慌のときに起きたことであり、この相場師的な発想を金融市場から実物財市場に適用して、大恐慌、デフレ、失業の問題を捉え、公共事業により、買い出動を行い、相場の底打ちを、ほかの実物投資家、企業、事業者に実感させようとした。これが真の意味でのケインズの財政政策なのであり、相場師としての財政政策なのである。