ウクライナに導入されたF16が一機墜落したことが確認された。航空兵力で劣るウクライナが、繰り返しNATO構成諸国に提供を要請していた戦闘機だ。数年にわたりゲームチャンジャーの象徴のように語られてきた。「F16が来たら・・・」は、ウクライナ関係者の間で希望の言葉として、流通していた。
それだけにショックは大きい。ゼレンスキー大統領が、F16の実物の前に立ち、実戦投入の開始を誇らしげに語る屋外会見をしたのは、クルスク侵攻作戦開始の一日前の8月5日のことだった。ロシアが大規模なミサイル攻撃を仕掛けてきた8月26日に、それを迎撃するために出動して墜落した。喪失は、ゼレンスキー大統領の会見からわずか3週間後のことだったわけである。
非常に高価な戦闘機であるだけではない。パイロットは数年にわたる訓練の経験を積んで、初めて使いこなせるようになると言われるほど貴重な存在だ。今回、殉職した操縦士「ムーンフィッシュ」オレクシー・メス中佐は、半年の訓練で、実戦参加を余儀なくされていたという。
ゼレンスキー大統領は、数十機から数百機のF16の提供をNATO構成諸国に要請しているが、それだけの数のF16を乗りこなすパイロットがいないのが実情だ。提供されれば、一刻も早く実戦投入したい。だが拙速に投入すれば、F16そのものだけでなく、貴重なパイロット、そして各国の議会で度重なる紛糾をもたらしている財政資源の浪費につながる。
したがって戦闘機供与の問題は、パイロット不足の問題であり、パイロット訓練の問題だと認識されてきた。時間との勝負になる集中的な訓練をへて、訓練終了後にいきなり過酷な環境での困難な任務に投入されるパイロットを、ウクライナ軍が準備できるのか、という問いは、実は極めて深刻な問いである。
8月上旬にキーウを訪れた後、アメリカ議会のリンゼー・グラハム上院議員は、退役したF16パイロットがウクライナ軍に参加してほしい、と呼び掛けた。退役パイロットの動員を迅速にする法案も準備しているという。
すでにアメリカ人やポーランド人が、クルスク侵攻作戦に参加している、といった目撃情報はある。だがF16本体とあわせて、アメリカ人が自国籍のパイロットも提供するとなれば、アメリカの戦争への関与の度合いは飛躍的に高まる。今回の事件のように、殉職する可能性、そしてその場合に公のニュースになる確率も高い。ウクライナ支援に熱心であるはずのバイデン政権関係者も、採用することができない案である。
今回のF16喪失にあたっては、なお怪しい雰囲気がある。まず公表の様子が不審だ。
事件の翌日の27日に、ゼレンスキー大統領は、F16がミサイルとドローンを撃破した、とだけ誇らしげに発表したが、墜落した事実についてはふれなかった。だがF16が喪失したらしい、という情報がSNSなどで広まり、中には飛行場でロシア軍に破壊されたようだといった信じがたい内容の情報も広がった後で、ウクライナ軍関係者が、メディア関係者に、墜落を認めた。
日々SNSでNATO構成諸国指導者にさらなる武器支援を訴え続けているゼレンスキー大統領は、公式にF16喪失についてふれていない。
もしゼレンスキー大統領が、意図的にF16の喪失を隠す意図を持っていたとすれば、それはメシ中佐の殉職も隠す意図を持っていたことを意味する。そしてそれは、いわば政治圧力のために準備不足の状態で困難な環境で困難な任務にあたり、結果として殉職したパイロットに、公の名誉を与えない、ということを意味する。それはメシ中佐の同僚の軍人層には、受け入れがたいことだろう。
今回、ウクライナ軍が、大統領の態度にもかかわらず、F16の喪失を認めて、メシ中佐を称える言葉を付け加えたのは、ゼレンスキー大統領の態度を、受け入れられないものだとみなした結果である可能性がある。
折しも、合理性に欠けたクルスク侵攻作戦で6,000人とも言われる兵員をロシアの地で殉職させ、ドネツクでロシアの急速な前進を招いている最中だ。ウクライナ軍の士気を保てるのか。今後のゼレンスキー大統領の行動が注目される。
さらに怪しいのは、墜落原因が、説明されていないことだ。パイロットの操作ミスによる墜落という示唆が流れた。ところが、ウクライナ議会の与党「国民奉仕者党」のベズグラヤ議員(国家安全保証・防衛・諜報委員会副議長)が、自軍のパトリオットミサイルで誤爆されたと指摘した。
軍隊は、言うまでもなく、異なる職務を持つ複数の人間が集まって動かしている複雑組織である。システムを運用するのは、簡単なことではない。まして突然の大規模なミサイル攻撃といった状況で、ミスなくシステム全体を運用するのは、日ごろから大規模演習を重ねていても、なお実戦ではミスの可能性が残るような事柄だろう。
F16を、特に今回のようにミサイル迎撃のような防空作戦に、使用するのであれば、防空システム全体の中で運用する綿密な準備が、日ごろからなされていなければならない。
パトリオットミサイルが自軍の戦闘機を破壊するといったことは、普通では起こることが想定されない事態だ。しかし実際には、戦場では、どれほど高度な仕組みを持った十分な訓練を施された軍隊であっても、友軍射撃を必ず行ってしまうことがあるのは、現実である。
ましてパイロットの訓練ですら不足しているウクライナ軍の場合、防空システム全体の中でF16を運用する十分な準備をしておくのは難易度が高く、今回のような事件が起こる確率は、相対的に高かった可能性がある。
当たり前の話だが、人間がある道具を新たに導入する際、その道具を運用する直接の要員だけでなく、システムを運用している要員全員で、導入の意味について受け止める必要がある。そうでなければ、組織は、組織として動かない。パイロットだけを訓練して、組織的な変更を自動的に行ったことにする、というのは、極めて粗雑な発想である。
このことは、F16の運用だけに限ったことではない。ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ政府関係者は、NATO構成諸国の指導者たちが臆病な心癖を正せば、そしてウクライナに制限のない武器提供をする判断さえすれば、ウクライナはロシアに完全勝利を収める、と言ったことを、連日のように力説している。
だが果たして、この種の事柄が、そのように単純に進むものだろうか。コロンビア大学の軍事史家StephenBiddle教授は、仮に米国などがロシア領深く攻撃することができる武器使用の許可を出したとしても、それによって戦争の対局は大きくは変化しないだろう、という見通しを述べている。
普通に常識的な考えだと思う。ウクライナの政治指導者層は、「ウクライナは勝たなければならない」の呪縛に苦しむあまり、現実から乖離し始めているように見える。
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