ウクライナの行動に見る手段と目的の錯綜

ウクライナがクルスク侵攻という合理性が不明な作戦を始めてから、ロシア・ウクライナ戦争が、大きく動き始めた。東部戦線でロシアが急速な進軍を見せている。ウクライナ軍は防衛の形が取れてない危険な状態である。

私はクルスク侵攻は、戦争を継続させる、ということ自体を目的にしただけの行動であり、本来のウクライナを防衛する、という目的にてらして、合理性を欠いている、と書いてきた。

停戦機運の「成熟」に抵抗したウクライナ――クルスク攻勢という冒険的行動はどこからきたか:篠田英朗 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
クルスク攻勢の重要な留意点は、東部戦線などの劣勢に苦しむウクライナ側が、あえて停戦を遠のかせる軍事行動をとったことだ。停戦になびくことを拒絶し、むしろ戦争を継続させるための作戦を遂行した。ザートマンの「成熟理論」に即して言えば、「成熟」状態が成立することに抵抗したのだ。当事者が非合理な覚悟で戦争継続を望む限り停戦機運は...

今やはっきりと、ロシア領のほぼ無人の一部領域の占領を死守するために、ドネツクなどにおける領土を、ウクライナがロシアに明け渡している状況が、明らかになってきている。

しかしゼレンスキー大統領は、覚悟を定めているようである。戦線の膠着によって停戦の機運が高まったので、その停戦の機運に抵抗する行動をとった。その結果として、ウクライナに損失がもたらされている。しかし、戦争を続けるためには、それしか方法がなかったのだ、と言わんばかりの態度で、損失を甘受しようとする姿勢である。

ゼレンスキー大統領SNSより

このウクライナの行動の非合理性の理由は、以下のように洞察せざるを得ない。

第一に、「ウクライナは勝たなければならない」の呪縛に陥り、勝利なき終戦を迎えることを忌避することが、政治指導者の判断の中で、目的化されている。そのため、損失を出し続けても、とにかく停戦を先送りにして戦争を継続し続けることを優先して、目的にしてしまっている。

第二に、米国及びその他のNATO構成諸国が、さらに大規模な軍事支援を行い、いよいよとなれば直接介入してくれれば、ロシアを打ち負かすことができる、とウクライナの政治指導者層は信じている。そのため戦局を有利に進めることよりも、まずとにかく米国及びその他のNATO構成諸国の強い関与・介入を誘い出すことを重視し、目的にしてしまっている。

第三に、今までと同じ行動をとっていては、米国及びその他のNATO構成諸国は、決して関与を強めて介入してくれない。それどころか、援助疲れを言い始める人物が、各国の政権を奪っていかないとも限らない。拙速な行動であっても、時間を惜しみ、急いで冒険的な行動をとらなければならない。得られる利益が大きい行動ではなく、訴求力のある行動をとることを優先し、目的としてしまっている。

これらはいずれも手段の目的化の兆候を示している。追い詰められたがゆえに悪循環に陥った末の危険な兆候である。

頻繁に発信されるゼレンスキー大統領のSNS等を通じたメッセージの内容のほとんどが、欧米諸国の指導者にさらなる関与の強化を訴えるもので埋め尽くされてきている。ウクライナ軍のクルスク州侵攻が続いていることで、「一部のパートナーが抱くレッドラインという幻想は崩れた」といった主張を繰り返し行っている。

クレバ外相は、8月28日のポーランド外相との会談で、ウクライナが直面している最大の問題は「戦争のエスカレーションという概念がわれわれのパートナー間の意思決定プロセスにおいて優勢になっていること」で、「戦争では常に資金や武器、資源などが必要となるが、真の問題は常に頭の中にある」と述べた、と報道されている。ウクライナがロシアに勝てていないのは、支援国が臆病だからだ、という主張である。

ウクライナは国を守る目的で戦争をしている。いつか必ずロシアに完全勝利を収めたい、という願望は、目的達成のために意味のある願望だろう。しかし完全勝利でなければ、他のあらゆるものに何の意味もない、という思考に陥ってしまったら、危険である。

どんなに損失を重ね続けても、それは関係がない。勝ったか、勝ってないか、それ以外に重要なことは何もない、という思考に陥ってしまったら、現実の制約の中で最大限の目的の達成を図る、という考え方が、捨て去られてしまう。重要だと思いこんだ手段への固執が始まり、長期的な合理性を欠いた行動が始まってしまう。待ち受けているのは、危険な行動を繰り返す悪循環だ。