9月4日号のNature誌に「Recurrent evolution and selection shape structural diversity at the amylase locus」(アミラーゼ遺伝子の構造的多様性は進化と選択の歴史の中で起こった)という論文が掲載されており、オンラインで「Humans have evolved to digest starch more easily since the advent of farming」(農耕生活が始まって以降、人類はでんぷんをより消化しやすいように進化してきた)という簡単な解説がなされていた。
穀類の栽培ができるようになると、魚や肉類を主としていた消化システムから、炭水化物を消化できるシステムがより生き延びていく上で重要となったはずだ。デンプンをより消化しやすいい人が、そうでない人よりも栄養吸収効率が良くなる。教科書的に言うと、炭水化物はブドウ糖に分解されて消化管から吸収される。このデンプンをブドウ糖に分解する酵素がアミラーゼである。
アミラーゼは唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)と膵臓で作られる(その他の臓器でも作られると報告されているが、唾液腺や膵臓で作られる量は圧倒的に多い)。私が博士号を取得したのは、人の唾液腺と膵臓のアミラーゼ遺伝子のmRNA(正確にはcDNA)の構造を決めたことによる。今から40年も前の話だ。暑い研究室でクロロホルムを利用して膵臓や唾液腺からmRNAを取り出していたので、肝機能が低下してしまったことがある。
話を戻すと、新しいDNA解析技術(DNAをより長く読み取る技術)の進歩によって、アミラーゼ遺伝子の構造(といっても難しいかもしれないが)に大きな違いがあること、それらの違いが生じた原因が農耕生活が始まったことと関係するらしいことが分かったのである。
デンプンをより分解しやすくする方法は、人のゲノムのアミラーゼ遺伝子の数を増やすことである。遺伝子が多くなれば、もっとたくさんアミラーゼを作り出すことができる。そうすれば、デンプンをより早く分解できてブドウ糖を素早く生み出すことができる。口で言うのは簡単だが、われわれ人類はそれを実行して生き延びできたのだ。
ただし、デンプンをたくさん摂取するために意図的に遺伝子を増やすことができると思えないので(ひょっとすると、そんな不思議な力がどこかに潜んでいるかもしれないが)、偶然、アミラーゼ遺伝子のコピー数が増えた人が、栄養吸収効率が上がったために、生き延びるのに有利だった?と考えている。
穀物中心に生活している集団ほど、アミラーゼ遺伝子数が多い可能性が示唆されていたが、これも面白い。
人類が生まれて以降、一つの遺伝子が増えたり、減ったりしていることが分かったことは、遺伝子がその数を増やすことが、思っていたよりも頻回に起こっているかもしれないことを示唆する。もちろん、ある遺伝子が増えることが、生き延びていく上で有利に働くと、遺伝子が増えた人の割合が特定の集団で増えていくが、遺伝子が増えたことが生きていく上で有利でなければ、その人たちの割合は増えていかない。
脂肪をたくさん摂取する地域では、脂肪の分解に欠かせないリパーゼ遺伝子の数が増えているかもしれない。新しい技術が生まれ、新しい情報が増えてくると、ワクワクするような知見が生まれる。ゲノム解析は重要なのだ。これからも医学はゲノム情報をもとに大きく発展していく。それが理解できない人たちに政を任せてはならない。
総裁選の討論を聞いていても、科学技術の重要性を強調する人はいない。経済を強くするには、イノベーションを生み出すことが不可欠であり、それには科学技術の強化が不可欠だ。総選挙のための総裁選びではなく、日本の将来を語ることのできる総裁選びにしてほしいものだ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2024年9月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。