レバノン発の外電には驚かされたというか、ハリウッド映画を観ているような感覚になって戸惑いを感じた。レバノンで17日、無数の携帯用通信機器ページャーが突然爆発し、少なくとも12人が死亡、2800人が負傷した。スーパーで買い物していた男性が爆破音と共に倒れるシーンがソーシャルネットワークで映し出されていた。何が生じたのか最初は理解できなかった。
メディア報道によると、レバノンのイスラム教シーア派テロ組織ヒズボラ(神の党)が購入したページャーが同時期に爆発したという。犠牲者の大多数はヒズボラのメンバーだ。外電によると、駐レバノンのイランのアマニ大使も犠牲者の中に入っていた。これまたビックリした。シーア派の盟主イランがヒズボラに武器を支援していることはよく知られていたが、今回のページャー爆発事件でそのことが改めて追認された。なぜならば、ヒズボラはイスラエル側に盗聴されることを警戒し、メンバー間の連絡はもっぱらページャーで行っていた。そのページャーをイラン大使も所持していたということは、イラン側とヒズボラが常に密接な連絡を取っていることが明らかになったからだ。
ページャーは台湾の会社の製品で、デバイスのロゴ(「ゴールド・アポロ」)も台湾の会社のものだが、会社責任者の話では、レバノンのページャーは台湾で製造されたものではなく、ハンガリーのブタペスト北東部にある会社「BACコンサルティング」が3年前からライセンスを得て製造した製品ではないかというのだ。そこでドイツ民間ニュース専門局ntvのジャーナリスは早速、ハンガリーの会社BACに電話取材したが、会社責任者からは返答がなかったという。会社は外観は個人住宅で、どうやら架空の会社のような感じがするという。米NBC記者が会社責任者に聞き出したところ、「会社は技術製品の製造会社ではなく、コンサルティング会社だ」という。何か雲をつかむようなストーリー展開となってきた。
ヒズボラ側は事件の背後にはイスラエルの情報機関のモサドが暗躍しているとして、イスラエル側に報復を表明している。イスラエル側はレバノンの今回の事件については何も言及していない。一方、欧米の情報機関専門家は「このような工作は軍事組織か情報機関しかできない。時間をかけて計画したものだ」と指摘、案にイスラエルのモサドの工作と受け取っている。
ドイツのケルン大学の政治学者トーマス・イエーガー教授は18日、ドイツのメディアとのインタビューで、「1990年代、電話や車に爆弾を仕掛けるといった工作はあったが、携帯の通信機器に爆薬を仕掛け、同時間に遠隔で爆発させるといった工作は初めてだ。全く新しい次元の事件だ」と説明している。
ところで、18日に入ると、首都ベイルート近郊やベカー渓谷(高原)、レバノン南部など、ヒズボラの拠点とされる地域で無線機が相次いで爆発し、レバノン側の発表によると、20人が死亡、450人以上が負傷したという。ヒズボラ関係者はイスラエルに対して報復を宣言しているが、高度な軍事技術を有するイスラエル側の連日の遠隔爆破攻撃に不安が高まってきているという。
ちなみに、イスラエルの日刊英字新聞「エルサレム・ポスト」は「ヒズボラとの戦いでの大きな成果だ。私たちは非常に誇りに思うべきだ。今回の攻撃は、世界中で最も優れていると称賛されているわが国の安全保障システムの素晴らしさを示しているからだ」と書いている。
イェーガー教授は「この事件がイスラエル側の工作とすれば、その目的は何かだ」と指摘、「パレスチナ自治区ガザの紛争以来、レバノンとイスラエル両国国境で戦闘が続き、数万人のユダヤ人が北部から避難している。そこでヒズボラを攻撃し、国境線から30㌔以上後退させ、ユダヤ人が安全に住めるようにすることが狙いではないか」と分析している。
いずれにしても、ページャー爆発はヒズボラにとって屈辱的なことだ。体面を保つために何らかの対応を取る必要が出てくるが、イスラエルとの全面戦争は避けたい、というのが本音だろう。それに対し、ネタニヤフ首相はレバノンでの攻勢強化を支持している。ガラント国防相は18日、「戦争は新たな段階に入ってきた」と述べ、イスラエル軍がガザでの戦争と並行してレバノンでも全面戦争を遂行する方向にあることを示唆している。
参考までに、イスラエルの有力紙「ハアレツ」はページャー爆発のタイミングがイスラエル国内の政治的対立と重なる点を注目している。ネタニヤフ首相はガラント国防相を解任しようとしていた矢先だ。首相はガラント国防相とはガザ戦争における対応を巡って長らく対立してきた。だから、今回のページャー攻撃はネタニヤフ首相にとって絶好のタイミングだったというわけだ。
なお、グテーレス国連事務総長は18日、ニューヨークの記者会見で「中東が劇的なエスカレーションの危機に直面してきた」と、警告を発している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。