南米出身の初のローマ教皇であり、イエズス会出身者のフランシスコ教皇は今月17日で88歳を迎える。年齢では在職中の教皇としては93歳で亡くなったレオ13世について歴代2番目の高齢教皇だ。健康問題を抱えながらも聖職に励むフランシスコ教皇には生前退位、老後の生活を楽しむ、といった選択肢はないのだろう。ベネディクト16世が生前退位した直後、フランシスコ教皇はメディアに対して頻繁に「職務が不能な状況になったら即退位するよ」と述べていたが、ここ2、3年は生前退位といったシナリオは教皇の口からはもはや飛び出さなくなった。ヨハネ・パウロ2世のように、最後の時が訪れるまで、その聖職を全うする決意なのだろう。
興味深い点は、フランシスコ教皇は自分の亡き後の教会の行く末を考えて、次期教皇選出会(コンクラーベ)へ着々と布石を打ってきていることだ。フランシスコ教皇は変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。VIPとの会見だけではなく、一般謁見でも車いすで対応してきた。教皇は2021年7月4日、結腸の憩室狭窄の手術を受けた。故ヨハネ・パウロ2世ほどではないが、フランシスコ教皇も体力的には満身創痍だ。次期教皇選出会がいつ開催されたとしても不思議ではない。そこでフランシスコ教皇は死を迎える前に、コンクラーベ参加有資格者(80歳未満の枢機卿)に自身の志と合致する聖職者を可能な限り多数任命してきているのだ。これはフランシスコ教皇の一種の終活だ。
フランシスコ教皇は2013年3月に第266代ローマ教皇に選出されてはや11年が過ぎた。南米出身者らしく陽気な振舞、明るい性格は信者たちから親しまれているが、教会の抜本的な刷新を期待してきた改革派聖職者や信者たちからは、「フランシスコ教皇時代ではもはや改革は期待できない」といった声が支配的となっている。フランシスコ教皇は教皇就任以来、聖職者の未成年者への性的虐待問題への対応に多くのエネルギーを投入せざるを得なかった、という事情はある。
フランシスコ教皇はバチカン内で保守派聖職者が如何に強いかを肌で感じてきたはずだ。聖職者の独身制の廃止、女性聖職者の任命をアピールしたとしても、最終的には元のドグマに戻る。そこで「病んでいる教会」(チェコの宗教哲学者トマーシュ・ハリク氏)を抜本的に改革するために改革派の枢機卿を一人でも多く任命する道を考えたのだろう。
フランシスコ教皇は次期教皇選出会を視野にいれ、2013年3月以来、これまで10回、枢機卿任命式を実施してきた。今月7日に新たに21人の枢機卿を任命したばかりだ。フランシスコ教皇選出の枢機卿数は132人で枢機卿内でも既に多数派だ。選出された枢機卿はフランシスコ教皇の改革路線を支持する聖職者、少なくとも改革派であることはいうまでもない。フランシスコ教皇が任命した132人の枢機卿のうち、99人が現在、80歳未満でありコンクラーベの投票権を持っている。だから、フランシスコ教皇が亡くなったとしても、教会刷新路線は継承されるというわけだ。どこかの国の議会での多数派工作のような面がある。
14億人余りの信者を有する世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会は12月現在、枢機卿は253人、コンクラーベへの参加有資格者は140人だ。ちなみに、2025年末までには14人の枢機卿が80歳を迎えて、投票権を失う。コンクラーベで枢機卿が教皇として選出されるには、全参加枢機卿の3分の2以上の支持が必要だ。このルールは、バチカン法令および教皇ヨハネ・パウロ2世の使徒憲章に基づいている。
参考までに、国別で枢機卿の数が最も多い国はバチカン教皇庁があるイタリアだ。昔は枢機卿はほとんどイタリア人が独占してきたが、米国のほか、欧州のカトリック教国のフランスやスペインからも多くの枢機卿が選ばれてきた。大陸別にみると、聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、信者離れが進む欧州教会が依然、80歳未満の枢機卿の最大グループで52人、次いでアジア24人、アフリカ19人、北米と南米が共に17人だ。ここでも信者数が伸びているアジアやアフリカで枢機卿数が増えている。
フランシスコ教皇が今月任命した新しい枢機卿のうち、バチカンの元外交官アンジェロ・アチェルビ氏(99歳)を除き、全員が80歳未満であり、次期教皇を選出するコンクラーベの投票資格を持っている。21名の新任者の中には、フランシスコ教皇らしい意外な選択も見られる。たとえば、教皇の旅行マネージャーを務めるインド人のジョージ・ジェイコブ・クーバカッド氏(51歳)や、ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂を管理するリトアニアのロランダス・マクリツカス神父(52歳)が任命されている。新枢機卿の中で最年少はオーストラリア・メルボルンのウクライナ人亡命者のための司教であるミコラ・ビチョク氏で44歳だ。彼は将来、ウクライナで重要な役割を担い、教皇にとって重要な協力者となる可能性があると受け取られている。カナダ・トロントの大司教フランシス・レオ氏(53歳)も若い枢機卿の一人だ。高齢者集団と揶揄されてきた枢機卿団の若返りが次第に進めている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。