トランプ1.0の頃からトルドー首相との関係は決して良くありませんでした。性格からすれば水と油だし、トランプ氏の保守に対して中道左派のトルドー氏はボンボンで在任中もずいぶんヘマをやらかしました。その度に国内からの強烈な批判だけではなく、それが外交がらみで頭痛の種になったのをご存知の方もいらっしゃるでしょう。習近平氏からは他の首脳や高官がいる目の前で叱責され面目丸つぶれだったし、インドのモティ首相とはシーク派指導者のバンクーバー近郊における殺人事件をきっかけに双方の外交官が引き上げる事態にまでになりました。
そのトルドー氏が9年間も首相に在籍していたこと自体、カナダもずいぶん寛容な国だと思います。トルドー氏が2015年に首相になったきっかけを読み返すと「大麻合法化を訴えたから」とあります。確かに世界の主要国では先鞭をつけ、その後、欧州やアメリカの一部の州で緩和化が進んだことで「リベラルの雄」的な印象があるのでしょう。その時のニュースを覚えていますが、「なぜ大麻を合法化するのか?」との質問にトルドー氏は「ギャングなどアングラ組織の活動資金を根絶させるため」と答えていました。日本でこんな回答をしたら大バッシングでしょう。大麻合法化とギャングの資金とは別次元で諮るべきです。
事実、大麻合法化後、街の中では大麻の店がコンビニを探すより簡単に見つかり、移民層が多い地域では治安悪化に対する懸念も指摘されています。中道左派の政権においてバラマキと人権擁護で大麻吸飲者にも自由をということになると普通の感覚の人は「おかしいんじゃないの?」と思います。それを反映したのがBC州の昨年の選挙で当地の中道左派NDP党はそれまでの絶対安定から薄氷の勝利に留まり、バラマキ政権への支持は急速に冷えていました。
私は10月ぐらいに「年内解散総選挙のコールもあるかも」と読んでいたのですが、トルドー氏の判断は煮え切りませんでした。そこに持ってきたのがトランプ氏の関税問題です。25%一律に課すというのは確かに尋常ではなく、トルドー氏はトランプ氏と電話会談をすぐに行い、その後トランプ氏の私邸があるマール ア ラーゴで会食をします。笑顔満面の会食シーンに対してトランプ氏はその後「偉大な州、カナダのトルドー知事と会食ができた」とつぶやきます。これはカナダ国内だけでなく、トルドー氏の所属する自由党にも衝撃が走ります。党内NO2のフリーランド氏が緊縮財政とトランプ対策を主張するのに対して意見の相違があるとしてフリーランド氏に「財務大臣から他の大臣に移らないか」と持ち掛け、フリーランド氏は「ブチ切れ辞任」をします。
その間、連携関係にあった新自由党からは連携関係解消、更に内閣不信任案提出の準備となりトルドー氏は完全に行き場を失ったのであります。これが今回の自由党党首辞任の顛末です。
さて、トルドー氏はカナダ国会を3月下旬まで開催しないことでカナダ総督の了解を取り付け、いよいよ自由党の首相選びが本格化するところです。ただし、現在の議会の期間満了が10月20日なのでそれまでに総選挙が行われる予定です。世論調査では中道右派の保守党が圧倒的な支持を得ているので現状、自由党が盛り返すことはなく、政権交代となるでしょう。よって新首相が選ばれても半年強の任期に留まる公算は高いと思います。
カナダは今年G7の議長国で6月頃にサミットも開催されます。あくまでも短期ランナーならば名前が挙がっている中では個人的にはマーク カーニー氏がベストだと思います。氏はカナダ中銀総裁の時、非常に優れた判断を下し、その後、乞われて史上初の外国人による英国中銀総裁誕生となります。現在、民間企業の会長やブルームバーグの取締役会議長も務めていますが、論理的思考でトランプ氏の陽動作戦に踊らされず、政権中枢からも一歩距離があるので良いかと思います。フリーランド氏が下馬評では人気が高く、実際に選ばれる確率は高いですが、トランプ氏との短期的対峙を考えた時、フリーランド氏はトランプ氏ともめるような気がするし、トランプ氏はカーニー氏のようなタイプが苦手な気がします。
個人的にはトルドー氏がようやく首相を降りてくれたか、とほっとしています。カナダの政策は過去9年、あまりにも緩和的、かつ試行錯誤的というか、十分な思慮なく縦割り型の判断が続いたと思います。移民が多い国故に中道左派は支持されやすいですが、現在の世界の趨勢をみても保守化がキーワードだと思います。カナダもようやく他の先進国と同様、政治のシャッフルが行われるということでしょう。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年1月8日の記事より転載させていただきました。