米国、セルビアに「脱ロシア化」を促す

第2次トランプ政権がまもなくスタートする。トランプ氏の関税政策やアメリカ・ファーストの外交を怯える声が世界各地で聞かれるが、ここにきてバルカン半島でも米国からさまざまな圧力がかかってきた。特に、バルカンの盟主セルビアでは、ウクライナ戦争中もロシアのプーチン大統領への批判を抑えるなどの親ロシア政策を維持し、同国の石油産業はロシアと密接につながっていることもあって、ワシントンはこれまで以上にセルビアに圧力を行使してきている。

習近平国家主席とセルビアのヴチッチ大統領 2024年5月 中国共産党HPより

バイデン米政権は10日、ロシアの石油大手2社、ガスプロム・ネフチとスルグトネフチェガス社に対して制裁を発動させたばかりだ。ロシアのエネルギー産業を弱体化させることが狙いで、ウクライナへの侵略戦争を支えるクレムリンの財政基盤を削ぐことが目的だ。米国の制裁にはイギリスも加わっている。その制裁対象となっているロシア企業がセルビアの石油企業NISに関与している。そこでリチャード・ヴェルマ米国務次官補は、ベオグラードでセルビアのアレクサンダル・ヴチッチ大統領と会談後、NIS所有者問題でセルビア政府と緊密に話し合ったことを明らかにしている。

ロシアのガスプロム・ネフチはNISの50%の株式を保有し、セルビア政府は30%、ロシアのガスプロムが6%をそれぞれ所有している。NISは国内で石油を採掘し、ベオグラード近郊のパンチェヴォにある精油所やガソリンスタンド網を運営している。また、同社はボスニア・ヘルツェゴビナ、ハンガリー、ルーマニアでも事業を展開している。

ヴチッチ大統領はヴェルマ次官補との会談後、セルビア政府は米国側とさらに協議を進め、その後でモスクワに接触し、ガスプロム・ネフチの株式買収の提案を行う必要があると述べている。同大統領は親ロシア的な政策を取っており、これまで戦争を続けるロシアに対する西側の制裁にも参加していない。

セルビア最大の石油会社NISの「脱ロシア化」への圧力は、ヴチッチ大統領を明らかに困難な状況に追い込んでいる。ヴェルマ次官補はベオグラードで、制裁がガスプロム・ネフチを対象としていることを明言し、「NISはロシアの共同所有者との関係を断たなければならない」という。

バルカン諸国は旧ユーゴスラビア連邦の崩壊後、6共和国(2自治州)から構成された共和国がいずれも独立国家となったが、冷戦時代にソ連共産圏の影響下にあったこともあって、ロシアとはその後も伝統的な友好関係を維持してきた国が多い。特に、セルビアはロシアと関係が深く、セルビア正教会は同じ東方正教会に属するロシア正教会と深い関係を持っている数少ない正教会だ。

ヴチッチ大統領は欧州連合(EU)加盟を模索し、ブリュッセルのバルカン半島の欧州統合政策に積極的に応じている。要するに、セルビアの国家オリエンテーションはロシアとEUの両方向に向いているわけだ。東か、西か、といったハムレット的な二者択一の悩みではなく、東も西もセルビアの国益に合致する限り、関係を深めていくという一種のプラグマティズム(実用主義)だ。それに対し、米国はセルビアの「バランス外交」に対して批判的だ。トランプ政権が始まれば、セルビアへの圧力が強まることは必至の状況だ。

米国が懸念している点は、セルビアがロシアだけではなく、中国共産党政権との関係を深めていることだ。ただ、ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、バルカンでもロシアの政治的影響が揺れ出したのとは対照的に、中国の影響が広がってきている。ここでもセルビアの中国接近は際立っている。

中国企業がセルビアに進出、ハンガリー・セルビア鉄道、ノビサド・ルマ高速道路の建設をはじめ、2016年には中国鉄鋼大手の河北鉄鋼集団が、セルビア・スメデレボの鉄鋼プラントを買収した。2018年8月末にはベオグラード南東部にある欧州最大の銅生産地ボルの「RTBボル」銅鉱山会社の株63%を12億6000万ドルで中国資源大手の紫金鉱業が落札した。

中国側にとってバルカンの盟主セルビアはギリシャのビレウス湾岸から欧州市場を結ぶ中継地として重要な位置にある。習近平国家主席が提唱した新シルクロード構想「一帯一路」計画でセルビアは重要な拠点だ。習近平国家主席は2022年2月5日、北京冬季五輪開会式に出席するため訪中したセルビアのヴチッチ大統領と会談し、「中国とセルビアは互いに頼りになる友人であり、両国は高度の政治的相互信頼で結ばれており、両国関係は近年、飛躍的に発展してきた」と述べている。

ちなみに、ユーゴスラビア解体後の1990年代、バルカン半島で民族紛争が勃発、1999年のコソボ紛争、それに伴うNATO主導の軍事介入(空爆)があったが、米軍のベオグラード空爆はセルビア国民にその後「米国憎し」という感情を与えてしまった。米国はコソボの独立を支持したこともあって、セルビアとの関係に緊張をもたらしてきたが、米国はセルビアに対し、経済協力を通じた関係改善を図っているが、セルビアのエネルギー産業がロシアと密接に結びついているため、米国は警戒を強めているわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。