大きなストレスは喜びと楽しみを奪う:15年間心の底から笑うことを忘れた

昨年12月4日のNature誌のニュース欄に「Stress can dull our capacity of joy: mouse brain patterns hint at why」というタイトルの記事が掲載されていた。

「ストレスが喜びを奪う仕組みのヒントがマウス脳の解析で分かった」のだ。大きなストレスを受けると、無快楽症(アへドニア)を起こす。ストレスで喜びを失いやすいマウスと、ストレスに強いマウスでは、脳の一部の反応が違っているという結果だ。

重症のうつ病患者の70%が無快楽症になっているという。無快楽症になると喜びや楽しみを感じない。なかなか普通の人には理解しにくい表現だが、私は某新聞事件以降15年間、心の底から笑えたことがないので、症状の軽重はあるだろうが、漠然と無快楽症が実感できる。楽しいはずのことや嬉しいはずのことが、心に響かないのだ。

マウスは普通の水と甘い水があれば、甘い方の水を飲む傾向にあるが、ストレスを受けると好みがなくなるそうだ。少し難しくなるが、ストレスを受けた場合に、脳にある偏桃体と海馬という部分の間の通信が強いマウスは無快楽症になりにくく(ストレスに強く)、甘い水を飲み続けるとのことだ。

今日は阪神淡路大震災から30周年の日だ。2011年には東日本大震災があった。前者では6000名以上が、後者では20,000名以上(行方不明を含む)が犠牲となっている。昨年は能登半島地震があった。家族を失う、友人を失う、家を失うことは大きなストレスだが、大震災ではこの3つを同時に失う人も少なくない。阪神大震災後30年たっても、亡くなった家族や友人を思い浮かべ悲しくなる人は約60%いるという。

悲しかった気持ち、苦しかった気持ち、不快だった気持ちが大きければ大きいほど精神的なダメージは強く長く残るが、これにも個人差がある。喜怒哀楽というが、ストレスはこの4つから喜びと楽しみを奪い去り、時として怒る気持ちさえ消え失せさせる。それにしても、この国の大災害対策には、「ストレスを受けた被災者の心のケア」が欠如している。

復旧・復興というが、インフラだけが元通りになっても、悲しみで沈んだ気持ちは癒されない。コンクリートで金儲けにいそしむよりも、人を大切にする心を育むことを忘れないでほしい。

阪神淡路大震災 Wikipediaより


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2025年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。