コンゴ民主共和国東部が荒れている。反政府勢力「M23」が同国東部の主要都市であるゴマを制圧し、さらに南進して支配地を広げている。この攻勢で、国連PKOとSADC(南部アフリカ経済共同体)が派遣している平和維持部隊の兵士13名が殉職した。
このアフリカ中部「大湖地域」では、政争と戦争が続いている。脱植民地化によってアフリカ諸国が独立して以来、安定が確立されたことはない地域だと言っても過言ではないだろう。特に激しく揺れ動いたのが、独裁政権が不穏分子を抑え込んでいた冷戦時代の流れが、冷戦終焉後に溶解してからだ。
その結果の一つが、1994年のルワンダのジェノサイドであった。80万人から100万人の人々が虐殺されたとされる。ジェノサイドの混乱の最中にルワンダで権力を握ったのが、虐殺される側であった「ツチ」系の勢力を代表するRPF(ルワンダ愛国戦線)のポール・カガメ氏である。それ以来、カガメ氏は30年以上にわたってルワンダの最高権力者であり続けている。
ルワンダは安定し、開発援助業界では絶賛されるような奇跡的な経済成長を見せる代わりに、戦争は現在のコンゴ民主共和国に「輸出」された。1990年代後半以降、コンゴ民主共和国側での紛争関連の死者数は、少なくとも600万人以上とされる。
ジェノサイドを行った旧政権側の勢力は、周辺国に難民となって流出した。当時のザイール(現在のコンゴ民主共和国)には100万人以上の難民が流入した。ザイールの独裁者モブツ大統領を頼った旧政権勢力は、難民キャンプで勢力を立て直し、ルワンダに攻め込む準備を始めているとされた。これを警戒したルワンダは、ザイールに攻め込んで難民キャンプを殲滅した。さらには反政府勢力を支援し、ザイールの首都キンシャササまで攻め上らせ、モブツ政権を崩壊させた。
ところが、これによってコンゴ民主共和国の大統領となった反政府勢力主導者のカビラ氏が、ルワンダの介入を嫌うようになったので、ルワンダはさらに新たな反政府勢力を支援するようになる。
コンゴ民主共和国では、ルワンダを構成する民族集団であるツチとフツの系統の人々が存在している。ルワンダは、繰り返し、ツチ系の人々が迫害されていると主張し、反政府勢力を支援して介入する理由としてきた。
そのようなルワンダが支援する集団の代表が、「M23」である。現在、コンゴ民主共和国東部で政府軍や国連PKO部隊やSADC部隊を蹴散らして進軍している「M23」の勢力の中には、ルワンダ軍兵士も含まれていると広範に信じられている。
カガメ大統領は、1994年のルワンダにおけるジェノサイドは、国際社会がルワンダを見捨てたために起こった、と主張してきている。そのうえでジェノサイドの公式名称を「ツチに対するジェノサイド」と定め、犠牲者がツチで、加害者がフツであったことを強調する政策をとっている。
実際にはフツ系の人々が多数殺されたし、RPFが行った戦争犯罪行為も多々指摘されているが、ルワンダ国内にいる限り「ジェノサイド」を「ツチに対するジェノサイド」と表現しないと、当局に連行される恐れにさらされることになる。
カガメ大統領は、この「国際社会が見捨てた」という物語を、ありとあらゆる場面で強調し、ルワンダに対する国際支援の確保などにも努めてきた。アメリカのビル・クリントン大統領は、ルワンダを公式訪問した際に、安全保障理事会においてジェノサイドの認定を怠った自国の外交に問題があったことを認めて、謝罪の意を表明したことがある。そしてカガメのルワンダと、アメリカは、蜜月関係を維持してきている。
アメリカにとって、カガメ政権下でフランス語圏諸国から脱皮して英語圏国になったかのようなルワンダは、アフリカにおける貴重なパートナーとしての性格を持つ国である。今回の騒乱にあたっても、アメリカのルビオ国務長官は、いち早くカガメ大統領と電話会談を行っている。
このカガメ大統領が用いる外交姿勢は、イスラエルがいまだに「ホロコースト」の歴史を持ち出し、敵対勢力を十把一絡げに「反ユダヤ勢力」と呼び、それを通じてアメリカを常に味方につけようする姿勢と、相通じるものがある。
コンゴ民主共和国の長年にわたる騒乱は、実際の武力紛争の現状及び歴史としてルワンダとつながっているが、政治的・外交的「論理」としても、ルワンダのジェノサイドとつながっているのが、大きな特徴の一つである。
ルワンダの軍事介入については、コンゴ領内の天然資源が目的だ、と総括する方々が多い。ルワンダの経済成長を支えている要素の一つが、コンゴから収奪している天然資源だと指摘する者もいる。実際に、国連の報告書類で、ルワンダがコンゴ領内の天然資源を収奪していることが、豊富な資料とともに、何度も語られてきている。これらの指摘は、相当程度に正しいはずである。
広島に投下された原爆の製造に使われたウランがコンゴ産であったことは有名だが、それ以降も、独立時のコンゴ動乱から現在に至るまで、コンゴ東部地域の豊富な天然資源が、事態を複雑化させていることは間違いない。
だが結果として天然資源を収奪していることをもって、軍事介入の唯一の目的は天然資源の収奪だ、と断言できるかは、疑問である。ルワンダに、安全保障上の考慮があること自体は、必ずしも嘘ではないだろう。
もちろん過剰な対応をとっている疑いが強いことも指摘すべきである。ただ、カガメ大統領は、コンゴ領内でツチ系の人々が迫害されていることが、「M23」の行動の背景にある、という主張を、EAC(東アフリカ共同体)の会議などで、悪びれることなく声高に繰り返している。
国際社会は、一致団結しているようにも見えるが、実際にはフランスが主導する国連PKOは撤退寸前の状態であり、準地域機構のSADCもコンゴ民主共和国にこれ以上の介入をする準備はない。
ルワンダの背景にアメリカなどの大国が存在している、とみる首都キンシャササの人々が、各国大使館を襲う事件も起こってきているが、襲われているのは、アメリカ、ウガンダ、ケニアと、(この地域で伝統的には影響力を持ってきたフランス以外には)英語圏諸国である。民衆の間に、こうした英語圏諸国の「陰謀論」が浸透していることが、うかがえる。
コンゴ民主共和国は、2024年の統計で、人口1億1千万人を擁し、世界15位の人口規模を誇る。面積は世界11位だ。それにもかかわらずGDPは85位程度にとどまっているが、豊富な天然資源があり、重要性は高いアフリカの国の一つである。
ルワンダは、人口1400万人程度で、GDPで142位につける有力国になってきた。なんといってもアフリカ有数の能力を持つ軍事強国としての地位を固めている。大湖地域情勢の今後の事態の推移を見守る必要がある。
■
「篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。