顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
アメリカのドナルド・トランプ大統領は米欧の自由民主主義陣営の集団防衛態勢として世界の平和と安定に寄与してきたNATO(北大西洋条約機構)をどう考えているのか――この点をめぐってはアメリカでも日本でもトランプ大統領が実はNATOを軽視、あるいは破棄することに傾いているとする推測が盛んである。
だがその同大統領がこの3月13日、NATOの欧州側最高首脳との公式会談でこの集団同盟の重視、堅持、増強を明確に言明した。この正式な政策表明こそトランプ大統領とその政権の本当のNATO政策として銘記しておくべきだろう。
トランプ大統領は同13日、ホワイトハウスでNATO事務総長のマーク・ルッテ氏と公式に会談した。ルッテ氏は昨年まで14年間もオランダの首相を務めた有力政治家で欧州全体でも知名度は高い。この事務総長という地位はNATOの政治面での最高責任者である。その地位に昨年秋に就いたルッテ氏とトランプ大統領との会談は今後のNATOのあり方を考えるうえで、きわめて重要な協議として注視されていた。
この会談は特にいま、北米と欧州合計32ヵ国を加盟国として抱える集団防衛機構のNATOについて最強の軍事力を持つアメリカと西欧、東欧の諸国との絆のあり方に関し、基本的な再確認をも目的としていた。
NATO内部ではこのところトランプ大統領が欧州側の多くの加盟国の防衛負担が十分ではないとして批判を述べることが多かった。NATO加盟諸国はアメリカのオバマ政権時代の2014年に全加盟国首脳が防衛費をその国のGDP(国内総生産)の2%以上にすることを相互に誓約しあった。しかし実際には欧州側のドイツなどの多くの国がこの公約を果たさなかったため、トランプ政権の第一期にはトランプ大統領自身が欧州側に厳しい言葉でその公約の履行を迫った。
トランプ氏は2024年の大統領選挙中にも、さらに第二期目のホワイトハウス入りを果たしてからも、NATOの欧州諸国にはこの防衛費に関する公約の達成を求めてきた。その求め方の言辞には「防衛費の公約を果たさない国をアメリカは防衛しないかもしれない」という類の圧力も含まれていた。このあたりから「トランプ大統領はNATOを破棄する」という飛躍した「解釈」も生まれたわけだ。
しかしトランプ大統領は今回のルッテ事務総長との会談を受けての記者会見ではで以下のような言明をしたのだった。その内容はホワイトハウスの発表やアメリカ・メディアの報道による。
「われわれはNATOを軍事同盟として強力に堅持しておかねばならない」
「NATOは時宜にかなった強固さを保たねばならない」
「アメリカはNATOの欧州側との共同防衛の誓約(commitment)を揺るがせにはしていない」
公式の場でのトランプ大統領の以上のような言明には並んでいたルッテ事務総長が全面的な同意を表明して「欧州側は今後の防衛費を全体として6,000億ドルから7,000億ドルも増額していくことになった」と述べ、米欧の連帯を強調した。
この欧州側の防衛費の増額はトランプ大統領がこの会見でも欧州の一部の国がGDP2%の公約を守らなかった過去の状況に言及したことへのルッテ事務総長の欧州側を代表しての対応だった。トランプ大統領は「もし公約を履行しない国があれば、アメリカはその国を守らないかもしれないと警告したら、防衛支出は一気に増えた」と述べたのだった。
この「守らない」という言葉は欧州側の一部の国を動かすための「取引手法」であり、米側のNATOへの基本姿勢はあくまでの年来の保持であり、さらなる増強であることが今回のルッテ事務総長の立ち合いで確認されたことになった。
ルッテ事務総長はこの会見でトランプ大統領の言葉を受ける形で、第一次トランプ政権の当初はオバマ政権時代の公約を履行した欧州諸国はほんの3ヵ国ほどに過ぎなかったとも指摘した。それがいまでは加盟32ヵ国のうち、ほぼすべてが2%のハードルに達したか、越えつつある状態だと報告した。
ワシントンの民間研究機関の発表によると、2024年末の段階で防衛費がGDPの2%以上になったことが確認されたのはNATO加盟国のうち合計23ヵ国で、その他の諸国もほとんどがその水準に達しつつあるという。そのうちエストニア、ギリシャ、ラトビア、ポーランド、アメリカの5ヵ国は3%以上、最高はポーランドの4.12%だとされる。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2025年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。