今年のイースター(復活祭)は歴史的だ

先ず、バチカンニュースからフランシスコ教皇の症状について報告する。

「呼吸器感染症のためローマのアゴスティーノ・ジェメッリ総合病院に入院中の教皇フランシスコの17日の様子について、同日夜、バチカン広報局は報道関係者に向け以下のように伝えた。教皇の容体は安定しており、呼吸理学療法と運動理学療法の結果、わずかな改善が見られる。鼻カニューレによる高流量酸素療法を用いる頻度は減り、酸素療法なしでも大丈夫な時もある。夜間は、非侵襲的人工呼吸を用いている。16日に撮影・掲載した写真に見られた手のむくみは、可動性が少ないことによるものだが、今日はすでに改善されている。教皇は祈り、休息し、仕事を少し行うことで日中を過ごした」

入院後、初めて公表されたフランシスコ教皇の写真、2025年03月16日、バチカンニュースから

フランシスコ教皇はローマのジェメッリ総合病院に入院して早1カ月が経過した。88歳の高齢の教皇にとっては治療も大変だろうが、少しづつだが回復に向かっているという。入院後初めて教皇の写真が公表された。写真では、フランシスコ教皇が祭壇前の礼拝堂で16日のミサを祝った後の姿が写っている。礼拝堂は病院の10階にある病室に隣接する場所にある。

ローマ教皇フランシスコは13日、教皇に選出されてから12年目を病室で迎えた。コンクラーベ(教皇選出会)は2013年3月13日午後、5回目の投票でアルゼンチンのブエノスアイレス大司教のマリオ・ベルゴリオ枢機卿を新教皇に選出した。システィーナ礼拝堂の煙突から白い煙が出て新教皇の選出が明らかになると、広場で待機していた市民や信者たちから大歓声が起きたことを今でも思い出す信者たちが多いだろう。あれから12年が過ぎたわけだ。

選出時に76歳だった教皇にとってこの12年間は体力的にも厳しい日々が続いたことが推測できる。約14億人の信者のトップに立つペテロの後継者ローマ教皇の職務は外から見る以上に精神的、肉体的にハードだろう。

ところで、教会は来月20日に復活祭(イースター)を迎える。復活祭はキリスト教会にとってイエスの生誕祭を祝うクリスマスと共に教会の2大祝日だ。フランシスコ教皇はその日までに健康を回復して世界の信者たちと共にイースターを祝いたいだろう。

特に、2025年のイースターは特別だ。今年は「聖年」だ。「聖年」の幕開けは、ローマ教皇が大聖堂にある「聖なる戸」(Holy Door)を開ける象徴的な儀式から始まった。これは、神への道が特別に開かれる象徴とされている。それだけではない。ローマ・カトリック教会と世界の正教会(東方正教会、東方諸教会)が同じ日(4月20日)にイースターを祝うのだ。

ローマ・カトリック教会(およびプロテスタント教会)は通常、グレゴリオ暦を使用して復活祭の日付を決定する一方、正教会の多くはユリウス暦に基づいて復活祭の日付を計算する。そのため、正教会の復活祭はカトリック教会よりも1週間から5週間遅れることが一般的だった。カトリック教会と正教会は1054年の「大シスマ(東西教会分裂)」以来、別々の暦で復活祭を祝うことが多く、同じ日に祝うことは稀だった。

ちなみに、キリスト教の復活祭の日付は、325年の第1ニカイア公会議で決められた。その原則は「春分後の最初の満月の後の日曜日」となっている。その意味で、2025年の一致は、ニカイア公会議の精神に戻る貴重な機会といえるわけだ。

2025年は第1ニカイア公会議(325年)からちょうど1700年目の記念の年だ。同公会議は、キリスト教の教義を統一し、復活祭の日付を決定した重要な会議だった。この節目の年に、カトリック教会と正教会が同じ日に復活祭を祝うことは、単なる偶然ではなく、歴史的な意味がある、といえるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。