先ず、ドイツ民間放送ニュース専門局NTVの政治バロメーターを見てほしい。今年2月の連邦議会選で第1党に復帰した「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)は現在、支持率約25%だ。総選挙では得票率28.5%だったから、約3.5%減だ。一方、第2党の右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は総選挙の得票率約20.8%から現在24%と更に飛躍している。総選挙の得票率でCDU/CSUはAfDを約8%引き離していたが、両党の差は現時点で1%と縮まってきた。この傾向が続くならば、数週間後、AfDがCDU/CSUを抜いてドイツで第1党に躍進することも排除できなくなった。

NTVの政治バロメーター 2025年4月1日
第1党に復帰したCDU/CSUは現在、第3党の社会民主党(SPD)と連立交渉に入っているが、CDU内でメルツ党首への不満の声が高まってきている。それだけではない。党指導部への不満から党を出ていく党員すら出てきているのだ。
もちろん、理由はある。メルツ党首はSPDと連携し、「緑の党」の支持を得て国債発行を抑制する財政規制を明記した基本法(憲法に相当)を改正し、財政パッケージを可決した。その結果、防衛予算に対する「債務制限(Schuldenbremse)」は緩和され、ドイツの国内総生産(GDP)の1%を超える防衛支出は、基本法の負債規制の対象外とされる。さらに、年間の国債発行を国内総生産(GDP)比0.35%までに抑える債務抑制ルールに例外規定が設けられる。そのうえ、インフラ投資のための5,000億ユーロ規模の特別財源が計画されており、その運用期間は12年に及ぶ。
メルツ党首は次期政権の財政運営が可能となったことでホッとしたことは間違いない。CDU/CSUは選挙戦では社民党・緑の党・自由民主党(FDP)の3党連立政権の財政政策を批判し、健全な財政規律を要求してきた。そのCDU/CSUがここにきて巨額の財政赤字をもたらす基本法改正を提出したわけだ。明らかに、公約違反といわれても致し方がない。
興味深い点は、メルツ党首の政策の激変に対して野党側が批判するのならば理解できるが、メルツ党首のCDU内で不満の声が高まっているのだ。NTVは「メルツ党首は党内の求心力を失いつつある」という。特に、党指導部の「債務制限」と「特別財源」に関する急転換を、党員や支持者は納得できないでいるからだ。
ZDFの政治世論調査によれば、CDU/CSU支持者の44%が「メルツ党首は有権者を欺いた」と考えている。バルト海沿岸のリゾート地キュールングスボルンにあるCDUの地方支部で、18人の党員がほぼ全員、党を離脱しているのだ。党指導部への不満は党内の上層部まで広がってきている。メルツ党首自身「批判は根拠のないものではない」と認めているほどだ。
メルツ党首としては、選挙公約の「移民政策」と「税制」問題でCDU色を発揮して、党員の不満を解消したいところだが、SPDとの交渉では決して安易な問題ではない。選挙戦でCDUは「税金は上げない」と約束し、特に高所得者向け減税を強調してきた。一方、SPDは富裕層向けの最高税率を42%から47%に引き上げる案を主張している。また、移民政策では、メルツ党首は1月、「国境での難民申請拒否」など厳格な5つの方針を発表し、「一切の妥協をしない」と明言してきたが、SPDとの連立協議の草案では「近隣諸国と協調して対応する」と柔軟な表現に変わっている。CDUは「近隣諸国の合意は不要」と主張してきただけに、CDU支持者にとって「なぜ譲歩するのか」といった批判が飛び出してくるわけだ。
メルケル氏との権力争いで敗北し、メルツ氏は一時期政界から足を洗い実業界で歩んできたが、政治を忘れることが出来ず、政界にカムバック。そしてCDUの党首に就任し、総選挙で第1党に復帰できた。長年の夢だった首相のポストが現実的になってきたこともあって、メルツ党首は連立交渉ではSPDに譲歩し過ぎている面が見え出した。

CDUメルツ党首インスタグラムより
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年4月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。