黒坂岳央です。
「高望みなんてしていない、普通の人生を求めているのになぜ自分は普通すら手に入らないのか?」
このように漠然と思い悩んでいる人は少なくないだろう。このように思い悩む根本的原因は、「本人は普通だと思っていることがまったく普通でない」ということに起因する。
人間は「自分はフラットに世界を見ている」と錯覚しているが、実際には非常に強いバイアスがかかっており、いわゆる「認知の歪み」を持ったまま生きている。
「年を取るほど認知の歪みがひどくなるが、若い頃はそうでもない」と言われるが、実際はそんなこともなく、若い頃から歪んでいる人は矯正不可能なレベルに歪んでいたりすることもある。
そもそも存在しない「普通という幻想」を追い続けると人生が不幸になる。「普通」という感覚を考察したい。

Yuto photographer/iStock
「普通」の多くは上位と外れ値
若い人にとって「大学へいくのは普通」という感覚がある。「大卒でなければ人であらず」といったズレた感覚を持っている人も世の中にいる。
しかし、大学進学はまったく普通ではない。文部科学省の学校基本調査(2023年度)によると、20代では52.4%、30代では53.9%が大卒であるものの、総人口に占める割合は約23.1%(2020年国勢調査)にすぎない。つまり、全年代で見た場合の大卒は依然として普通ではなくマイノリティなのだ。
また、年収の「普通」にも多くの人が認知の歪みを持っている。SNSでは「努力していれば20代で年収500-600万円くらいが普通」といった趣旨の投稿が見られることがある。しかし、国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、年収の中央値は約407万円だ。
しかもこれは40代や50代を含む数字であり、20代だけに限定すれば350万円くらいが「普通」だ。つまり、この場合は普通の基準が実態より2倍くらい上振れしており、強い認知の歪みが起きていることを意味する。
さらに、郊外に犬が買える一戸建て、結婚、子持ちの割合も昭和時代から大きく変化した。今やこのようなライフスタイルはまったく「普通」ではなくなりつつある。起点となる結婚が成立しなければ、後続の子持ちや郊外に持ち家も実現しない。
「なぜ普通すら手に入らないのか?」と思い悩むのは論理的に間違っている。「普通と思っていたものがまったく普通の難易度ではないので、簡単に手に入らなくてもなんら不思議ではない」というのが正確な解釈だ。
SNSの影響と認知の歪み
筆者は大衆の「普通」という感覚を狂わせた一因に「SNS」があると思っている。
SNSでは極端な成功例や誇張された情報が拡散されやすく、一般ユーザーはそれを現実と誤認してしまう。例えば、高級車や豪邸を背景にしたインフルエンサーの投稿を見て、「これが普通」と錯覚する人が増えてしまえば、相対比較でそれを持たない自分が不幸という誤った感覚が植え付けられる。
だが、国税庁や総務省のデータが示すように、こうした生活は統計的なハズレ値であり、嘘も混じる話をベンチマークにするべきではない。
人生には意思決定の場面が数多く存在する。キャリア選択、住宅購入、パートナー選びなど、大きな決断だ。こうした意思決定をする際、主観的な「普通」に頼ると不幸になる。例えば、「30歳までに持ち家が普通」と考えて無理なローンを組むと、経済的な破綻を招く可能性がある。
自分が客観的だと思っている「普通」が実は極めて主観的で、存在しない幻想に基づいていると考えた方がいい。この幻想を基準にすると、不幸への道を進むことになるからだ。「普通」という言葉が出た時点で、一度「中央値」で検索してみることで自己診断、治療することが可能だ。
◇
現代社会では、SNSが理想を現実とし、現実を妥協とみなすおかしな世界が広がりつつある。この認知の歪みが起きると、家族や信頼できる人からの指摘がない限り、自分でそれを正すのは極めて困難となる。常に自分の感覚を疑うクセを付けることが寛容だろう。
また、SNSだけでなく、リアルの人間関係を豊かにすることも認知の歪みに気づくきっかけを得られる。
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