『世界のニュースを日本人は何も知らない BEST版』(ワニブックスPLUS新書) は、そのタイトルの扇情性に反して、実のところかなり正攻法な議論を展開している。むしろ、ここで描かれている「日本人の国際的無知」は、何度も繰り返されてきた指摘であり、本書が改めてそれを整理し、一般読者にも理解できるように噛み砕いている点に価値がある。
本書の出発点は、島国日本の特殊性だ。言語的にも文化的にも均質性が高く、外部との接触を最小限に抑えてきた歴史を持つ。これは、安定した社会形成にとっては有利に働いたが、同時に他者に対する関心の低さ、外部情報への鈍感さを育ててきた。この構造的な「情報的閉鎖性」が、現代日本の深刻な弱点になっている。

maruco/iStock
しかも現代は、通信インフラが整い、情報へのアクセスが過去に例を見ないほど自由になっている時代だ。物理的に海外に出る必要もなく、スマートフォンひとつで世界中の一次情報に触れられる。それにもかかわらず、海外ニュースに興味を持たず、自国中心の視野に閉じこもっている日本人の情報行動には、ある種の選択的無関心がある。
本書が批判するのは、単に個人の怠慢ではない。むしろ、情報の供給側、すなわち日本のマスメディアが構造的に「内向き」であることを問題にしている。テレビや新聞で報じられる国際ニュースは極端に少なく、あっても断片的で、日本人にとって心地よいように編集されている。よく言われる「外国人から見た日本は素晴らしい」といった類の番組が繰り返されるのは、その一例である。
このような情報環境の結果として、例えば難民危機の最中にギリシャへの新婚旅行を計画してしまう人が現れる。あるいは、治安の悪化したトルコを「異国情緒あふれる観光地」として能天気に紹介する雑誌が出る。これらの例は単なる笑い話ではない。情報の欠如は、生活や安全、そしてキャリアにすら直結する問題である。事実、欧米のインターンシップ制度の理解を欠いたまま、企業に履歴書を送り、「教えてください、給料もください」と訴える日本人学生のエピソードには、無知がどれほど国際社会で通用しないかが象徴的に表れている。
本書が繰り返し強調するのは、「知っているかどうか」が極めて大きな分岐点になるということである。旅行も、仕事も、人生設計も、国際的な文脈の中で起きている。だが日本では、国際ニュースは「生活と無関係なもの」として扱われがちであり、それを反映するかのように、新聞・テレビは芸能や事件の細部ばかりを追う。
著者は海外メディア、特に『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』、『エコノミスト』などを引き合いに出しながら、そうした“クオリティペーパー”がいかに政治・経済・国際情勢に重きを置いているかを示す。これらの媒体においては、国際ニュースが日常であり、読者もまたそれに対する関心を持っている。生活や政策判断に直結するからだ。日本のように、「ヒグマが街に出た」「シウマイが売り切れた」といった話題が紙面の一面を飾ることはまずない。
そしてここに、日本社会の最大の問題がある。つまり、「求められる情報」だけを供給し、「必要な情報」は脇に追いやる情報システムができあがってしまっているということだ。これは受け手の責任でもあり、送り手の責任でもある。そして、それによって最も大きな代償を払うのは、将来の日本人自身である。
本書の価値は、「世界のニュースを知るべきだ」という一般論を、実例を交えて具体的に描き出している点にある。そして、情報に対する構え方、リテラシーの欠如がいかに深刻な結果を招くかを繰り返し説いている。最後に著者は、「ぬるま湯の中のゆでガエル」になってはいけない、と警鐘を鳴らす。ゆっくりと、しかし確実に茹で上がっていくのが今の日本であるとすれば、我々に残された時間はそれほど長くないのかもしれない。
メディアと情報の問題は、教育、政治、経済と密接に絡み合っており、単純に「もっと海外ニュースを読め」と叫ぶだけでは改善しない。しかし、その最初の一歩として、「自分がどれだけ世界を知らずに生きているか」に気づくことは、決して小さくない。そうした気づきを促すための書として、本書は十分に読む価値がある。
【目次】
はじめに
第1章 日本人はなぜ世界のニュースを知らないのか
第2章 世界の「常識」を日本人は何も知らない
第3章 世界の「表と裏」を日本人は何も知らない
第4章 世界の「国民性」を日本人は何も知らない
第5章 世界の「マスク騒動」を日本人は何も知らない
第6章 世界の「オリンピック熱」を日本人は何も知らない
第7章 日本人は「ロシア」のことを何も知らない
第8章 世界の「イスラエル・ハマス戦争」を日本人は何も
第9章 世界の「あるものないもの」を日本人は何も知らない
第10章 世界の「日本の人気」を日本人は何も知らない
第11章 世界の「エンタメ事情」を日本人は何も知らない
第12章 世界の重大ニュースを知る方法
おわりに







