参政党の「家父長主義」は、日本にもトランプ革命をもたらすか?

與那覇 潤

7/20の参議院選挙で、参政党が躍進する見込みだという。復古調で「自民党より右」とされる小政党はこれまでもあったが、選挙で台風の目となるほど勢いづく例は、戦後史上で初だろう。

「女性は出産・育児を最優先に」なニュアンスの、古めかしい家族規範が家父長的だと批判されているが、同党を支持する女性も多いらしい(というか女性候補者の割合は、れいわに次いで2位だ)。そうなる事情が書かれた記事を見つけた。

世論調査で「自民に次ぐ2位」に浮上した「参政党」…「高齢女性は子供が産めない」発言でも「女性票」が離れない根本的な理由(全文) | デイリー新潮
参院選は7月20日に投開票が行われる。選挙戦のスタートとなった7月3日の公示日、参政党の神谷宗幣代表は東京・銀座で最初の演説を行い、その中で「申し訳ないけど高齢の女性は子供が産めない」と発言した。…

「参政党をトンデモ政党と捉えている人たちは次のように考えているはずです。……参政党はマッチョな体質であり、支持者も保守的な中高年男性が大半を占めるのだろう、と」

だが実際は逆の可能性があるという。

「参政党は反農薬、オーガニック農法を進めるという政策も掲げており、……反ワクチンという主張も陰謀論と結びついているというよりは、『家族にコロナを感染させないために自分が打つのは構わない。でも、子供にワクチンは不安』という母親の素朴な声によって支持されている」

「ネットメディアの編集者」による発言
(強調は引用者)

反ワクチンとは一種の宗教で、バカにする人も多いが、しかしまともな国には信教の自由があるので、本人が打たないのはかまわない。反ワクの問題はもっぱら、「わが家は反ワクで育てる」として子供にも接種させず、罹ると苦しむ病気に感染させてしまう家父長主義にある。

ところがコロナで起きたのは、「子供にも打たせろ! やらない家庭は社会の迷惑!」といった同調圧力で、家父長的に接種を強制する逆・反ワクだった。あのときヒャッハーだった人がいまさら「家父長主義はキケン!」と叫んでも、同類として嗤われるだけだし、かつそれが望ましい。

2021年以来、僕はコロナワクチンについて何を語ってきたか|與那覇潤の論説Bistro
4年前の今日、つまり2020年の4月7日に、日本で初めて感染症の流行に対する「緊急事態宣言」が出た。もちろん新型コロナウィルスをめぐるもので、当時の首相は安倍晋三氏(故人)。最初は7つの都府県に限られていたが、同月16日に全国に拡大され、翌月まで続いた。 おそらくこのとき、僕たちの社会は決定的に壊れた。今日に至るまで...

とはいえそのことと、女性がいまほど外で働かなかった「古い家族」(正確には昭和以降だが)に戻して、日本の人口が大復活するという参政党のビジョンに現実性があるかは、別の問題だ。

America Firstをもじった「日本人ファースト」を掲げて、同党がトランプに倣った保守革命を標榜しているのは自明だが、そこには大きな見落としがある。もっとも、実はトランプを論じる人のほとんども、気づいていない。

カトリックに改宗し、およそ「よい家父長」には見えないトランプを補佐して、政権の復古調を支える副大統領のJ.D.ヴァンスは、名前だけはみんなが挙げるその著書で、自身が育った家庭環境をこう描いている。

ヒルビリー・エレジー - 光文社
J・D・ヴァンス 著

うちの家族は完璧というわけではなかったが、周りの家族も似たようなものだった。たしかに両親は激しいけんかをしたが、ほかの家でも同じだった。また私にとって、祖父母が果たす役割は両親と同じぐらい大きかったが、これもヒルビリーの家庭では普通のことだ。

少人数の核家族で落ち着いた生活を送るなどということはない。おじ、おば、祖父母、いとこらと一緒に、大きな集団となって混沌とした状態で暮らすのだ。

文庫版、125頁(改行を追加)

題名にもあるHillbillyは「田舎者」の意味で、米国東部の峻険なアパラチア山脈が出自の貧困層を指す。地理的にも経済的にもハードな環境は、男女とも荒っぽい気風に育てるし、銃とアルコールとドラッグが蔓延する社会だから、小さな核家族では問題を処理できない

夫婦げんかでふつうにライフルが出てくる日常では、(幼いヴァンスも含めて)子供は祖父母の家に避難したり、親戚に仲裁に入ってもらったりして生き延びる。親ガチャに外れても、ていうか基本ハズレが前提なので、「家」の範囲を広く採って互いに助けあうわけだ。

エマニュエル・トッドは、米国を個人主義的な自由競争を生む「絶対核家族」の社会と呼ぶが、ヴァンスはむしろ「共同体家族」の環境で育った。典型的にはロシアで強い伝統で、それがプーチンの権威主義の土台である。

エマニュエル・トッドと江藤淳|與那覇潤の論説Bistro
共同通信に依頼されて、昨年11月刊のエマニュエル・トッド『西洋の敗北』を書評しました。1月8日に配信されたので、そろそろ提携する各紙に載り始めるのではと思います。 米国と欧州は自滅した。 日本が強いられる...『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』エマニュエル・トッド 大野舞 | 単行本 - 文藝春秋 ...

昨秋、トランプの再選を受けたnoteで、ぼくは

就任後にトランプがプーチンと握手したとしても、それはトランプがアメリカにとっての「遅れてきたプーチン」だからであって、逆ではない。

強調も原文ママ

と書いたけど、まさにそれが裏づけられた格好だ。で、ぼくらにとっての問題は、いまの日本にそうした基盤があるのかどうかだ。

これは知らない人が多くて、たぶん参政党も勘違いしてそうな気がするが、実は日本人の家族形態は、意外に江戸時代から核家族に近い(※)。2024年の3冊に挙げた、『戦う江戸思想』の大場一央さんとも、それで意気投合したことがある。

(※)ちなみにトッドの場合は、日本やドイツは「直系家族」だとして、核家族と共同体家族の中間的なカテゴリーを設けている。

「歴史の復讐」が世界を揺るがした2024年を送る|與那覇潤の論説Bistro
発売中の『文藝春秋』2025年1月号の読書欄は、年末恒例の「今年の3冊」特集。私も隔月コラムの担当者として、寄稿しています。 民主主義VS伝統の復讐 | 與那覇 潤 | 文藝春秋 電子版 『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』会田弘継/東洋経済新報社『ロシアとは何ものか』池田嘉郎/中公選書『戦う江戸思想...

Hillbillyに比べれば、日本の暮らしはまだわりと豊かで、親戚だろうがよその家の幸せはどうでもいいから、自分のウチ(核家族)にはトラブルを持ち込むな! とする気風が強い。要は「家単位で個人主義」をしている感じなので、トッドらの枠組みには当てはめにくい。

参政党の家父長主義も、家単位のエゴを前提に、奥さんが働かなくても(他の家と没交渉でOKな)いまの「小奇麗な生活」を保障します、くらいのものだろう。つまり彼らの権威主義はプーチンにはなれないが、しかしその日本のゆるい環境がいつまで保つかもわからない。

……と話している動画が、7/7に「ニュースの争点」のYouTubeで公開された。先月の収録で、特定の政党名も出していないが、かえって一歩退いた目で、いまの情勢が生まれた理由がわかると思う。

「自民より右」がウケる風潮は不気味だが、その背景を分析することもできず、自身が家父長的にワクチンを打たせた過去を忘れてキャンキャン喚く「ニセモノの左」が嘲笑され、社会から無視される選挙の結果が出るのはいいことだ。

幸いなことに、躍進といっても参政党には「行ける上限」がある。なので、入れたい人は安心して一票を入れつつ、しかしそうした余裕がいつまで続くか――日本のトランプの誕生をどこまで引き延ばせるかを、いまは考えてゆくときだろう。

参考記事:

田中角栄は「トランプ革命」の先駆者だったのか|與那覇潤の論説Bistro
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(ヘッダーは、参政党の公式YouTubeより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年7月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。