政治家はなぜイミフな失言をするのか

7/20の参院選は、与党の過半数割れが濃厚なようだ。もともと苦戦していたところに、8日には参院自民党の重鎮から(二地域居住を推進する上で)「運のいいことに、能登で地震があったでしょ」の失言まで飛び出し、踏んだり蹴ったりである。

おまけに、撤回のしかたがまたよくなかった。当落線上で競っている与党の候補者は、爾来ずっと泣きたい気持ちだろう。

鶴保庸介・参院予算委員長(当時。3:47~)
「ええ、ま、あの、私が責任を取るということで、何か皆さんの気持ちが収まるのであれば、どういう形であっても私はそれはやぶさかではございません。ただ『なんだ、お前、こうして罪を逃れたのか』みたいなね、言われ方をすること自体も、すごく思いとしてはズレているところがございます」

――議員辞職や離党の可能性を問われて、
「まあ、そこまでは考えてません。はい。現状ですよ」

7月9日(失言の翌日)

昔は失言といっても、もうちょっと重たい感じがするものだった。社会の通念というかタテマエには反するが、発言したこの人にとっては言わずにおれないことで、そちらもそちらで一定数は支持する人もいるのかなぁ……みたいな感じが「政治家の失言」にはあった。

たとえば歴史認識をめぐる「失言」に、そんな例が多かった。一方、この鶴保氏が二地域居住に政治生命を賭けていて、たとえクビになろうが「能登地震は天祐だった!」と訴えたくてたまらないと思う人は、本人も含めていないだろう。単に何も考えてなさそうである。

とはいえ、歴史絡みなら「信念ゆえの失言」が出るかというと、そうでもない。5月には、これまた参院自民のベテランである西田昌司氏(出馬中)の「ひめゆり失言」もあったが――

「田母神ガールズだった」 参政党「謎の新人」さや氏の正体 参院選注目候補らの当落予測(4ページ目) | デイリー新潮
【全2回(前編/後編)の前編】  永田町はすっかり参議院議員選挙モードである。…

「西田氏は裏金問題に加えて沖縄のひめゆりの塔を巡る失言問題もあり、厳しい展開です。自民党調査でもかなりの接戦で、他候補者から5ポイント差まで迫られています」(前出のデスク)

西田氏に話を聞いた。氏は失言問題直後の記者会見では、「発言は訂正、削除したい」と語っていたが、
「事実関係は自分のユーチューブなどでお話ししていますけど、既存マスコミのいわゆる切り取りというか、決め付けですよ」
と述べ、今は反省の色が薄いようだ。

強調は引用者

じゃあ撤回しなきゃいいじゃない。どっちがホンネなんですか。

……歴史がこんなしょうもない「ネタ」扱いになる理由を、初めて掘り下げたのも、加藤典洋の『敗戦後論』だった。平成頭の「非自民」や「自社さ」など想定外の連立政権では、閣僚から歴史や憲法をめぐる失言が続出する。

1995年の論考で加藤は、護憲=戦後民主主義的なタテマエが、改憲=大東亜戦争肯定的なホンネを抑圧してきたことの無理が、いま噴出しているのだと解釈した。今日まで名高い、戦後の日本は「ジキル博士とハイド氏の二重人格」の状態だとするテーゼである。

「国家の人格分裂」を治癒するために、政治にこそ文学が必要である。|與那覇潤の論説Bistro
発売から約1か月で、『江藤淳と加藤典洋』の増刷が決まった。江藤や加藤の名前を知らない人も増えたいま、まさにみなさんに支えていただいての快挙で、改めてありがとうございます。 このnoteで初めて告知を出したときから、ぼくは一貫して、社会の分断を乗り越えるための本だと書いてきた。江藤と加藤のどちらも、80年前の敗戦の受...

しかし、国家や「日本人」のような全体をひとつの人格に括って、精神分析医のように治療できると見なすのも、けっこう乱暴な話だ。なので加藤の議論こそ、学者としての「失言」ではとして、めちゃくちゃ叩かれた。ていうか実は、ぼくもそう批判したことがある。

日本人はなぜ存在するか/與那覇 潤 | 集英社 ― SHUEISHA ―
グローバル化し、価値観が多様化した今の社会で求められるのは、歴史や文化のまったく異なる相手に、物事を伝える能力だ。様々なアプローチで見つめた知的刺激に溢れた、まったく新しい日本&日本人論!

加藤さんがすごいのは、この後、そうした自分への批判も踏まえて、考察を深化させたことだ。

1999年、たしか平凡社新書の創刊を飾った『日本の無思想』で、加藤さんはまさに政治家が失言を撤回する際の「安易さ」に着目した。もし失言が、タテマエに押さえつけられたホンネの発露なら、取り下げるのは悔しく苦しいはずだ。しかし、そうは見えない。

実は、昭和までなら信念に基づく「ホンネの失言」を敢行し、撤回を拒んで罷免を選ぶ大臣もいた(1986年の藤尾正行文相罷免事件)。そうした人が消えた理由を、加藤さんはこう述べて、以前の自説を訂正する。

増補改訂 日本の無思想 - 平凡社
増補改訂 日本の無思想詳細をご覧いただけます。

タテマエは真ではなく、ホンネも真ではありません。でもそのことに僕達は気づかない。僕達は何も信じられず、何も信じていないのですが、でも自分たちは信念をもっているし、本心ももっていると思っているのです。タテマエとホンネという、この不思議な贋金製造装置が僕達が事の実相に直面するのを、避けさせているのです。

でも、この贋金製造装置は、なぜ僕達によって作られているのでしょうか。

そう考えると、戦前から戦後にかけて、僕達から、いわば「本心」というもの、「信念」というものが根こそぎにされるような切断の契機があったはずだという結論に、どうしても僕達は導かれずにはいられないのではないでしょうか。

平凡社ライブラリー版、69頁

1945年の敗戦の結果生まれたのは、ホンネはあるのだけど、「押しつけ憲法」的なタテマエのせいで言えない(=言ったら失言になる)という事態では、なかった。もっと遥かに深刻だった。

降伏の直前までは自ら思い、語ってきた中身がすべて吹き飛ばされ、誰もが真逆のことをペラペラ喋り始めたとき、日本人はホンネを押し殺したのではなく、むしろ「タテマエもホンネも、どっちだっていい」「真実なんて、どうせない」というニヒリズムに憑かれたのでは、なかったか。

戦後の日本人は、二重人格者というよりもニヒリストで、だから「いま」の窮地さえしのげるなら、過去との連続性なんてどうでもいい。なので失言がピンチを呼ぶなら秒で手のひらを返すわけですが、んん? そんな人たちって最近、政治家以外にもいっぱい見たような…?

なぜ、大事な時ほど「大学の自治」は役に立たないのか|與那覇潤の論説Bistro
2/17より新潮社の有料サービスForesight に、昨年行った勅使川原真衣さんとのイベントの内容が、対談記事「能力主義はなぜ生きづらいのか」として掲載されています。 有料記事なので中身を全部は書けませんが、読みどころのうち一つをちょっとお見せすると、こんな議論を提起したりしています。 與那覇 能力主義と表裏一...

そう。当初は「専門家が、学問に基づき民意をリード!」と煽られて始まりながら、実際には「いまさえウケればそれでいい」のニヒルな言い逃げタレントを量産するだけに終わった、2020年代のコロナ・ウクライナ・キャンセルカルチャーの世相を、加藤さんはとうに予見していた。

「言い逃げ」的なネット文化を脱するために:呉座勇一氏の日文研「解職」訴訟から考える①
世間的にはすっかり収まったと思われていた問題が、またインターネットを騒がせている。『応仁の乱』などのベストセラーで知られ、当世で屈指の著名な学者である呉座勇一氏(日本中世史)が、勤務先である国際日本文化研究センター(以下、日文研)で...

来週は拙著『江藤淳と加藤典洋』に絡めて、かつて編集者として『日本の無思想』を手掛けた民俗学者の畑中章宏さんと、対談イベントを開く。

7/24(木)19:30~、三鷹の書店UNITEにて。以下はオンラインのチケットだけど、もちろん来店用のチケットもある(値段が少し違う)。どちらも、アーカイブ視聴も可とのことだ。

Just a moment...

ホンネすらないニヒリストの失言は、いくら叩いても「もぐら叩き」になるだけで、有効な批判にならない。そのうち叩く側が「でも味方の失言は別」的なダブスタを始め、みんなうんざりして去っていくのが関の山だ。

炎上発生後の「コイツにはなにを言ってもOK」なタイミングで、意識の高いネットリンチをしかけても、そんなのは学問でも批評でもなく、まして世の中をよりよく変えることはない(悪い方には変えるが)。有名な事件でそう知ったぼくたちは、違うことを始めるときだろう。

政治をはじめ、イミフなことばかり起きる日本の病の最深部に届き、治癒を始める「ホンモノの批評」とは、どんなものか。じっくり考えるイベントにするつもりですので、ぜひご参加ください!

参考記事:

歴史と民主主義の戦いでは、民主主義に支援せよ: 30年目の「敗戦後論」|與那覇潤の論説Bistro
3/10の毎日新聞・夕刊に、川名壮志記者によるロング・インタビューを載せていただいています。先ほど、有料ですがWeb版も出ました。 特集ワイド:昭和100年 平成はどこへ 消えた「時代の刷新」 與那覇潤さんに聞く | 毎日新聞 歴史軸を失った私たち  ちまたでは「昭和100年」が話題になるが、へそ曲がりなの...
ウクライナ論壇でも始まった「歴史修正主義」: 東野篤子氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
2020年の7月に出た雑誌への寄稿を、「コロナでも始まった歴史修正主義」という節タイトルで始めたことがある。同年4~5月の(最初の)緊急事態宣言が明け、その当否の検証が盛んだった頃だ。 池田信夫氏のJBpress(2020.5.15)より 統計が示すように、①新型コロナウィルスへの感染は緊急事態宣言の前からピークアウト...
日本学術会議を敗北させた「A級戦犯」は誰か?|與那覇潤の論説Bistro
今月11日に、日本学術会議を法人化する法案が成立した。いわゆる「6名の任命拒否」問題が浮上したのは2020年10月だから、4年半超をかけての決着で、太平洋戦争より1年長い。 法人化に伴い、日本学術会議の会員は、①総理大臣による任命ではなく、会議が自ら選ぶ形となる。一方で、②運営の評価や監査を行う役職は、会員以外から総...

(ヘッダーは5月、「コメ失言」でのTBSより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年7月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。