
NHKより
2025年参議院選挙の結果は、日本政治における地殻変動を鮮明に映し出している。自民党39議席、公明党8議席の計47議席という数字は、非改選の75議席を合わせても過半数に3議席届かない。
この現実が意味するものは、単なる与党の敗北以上に深い。新興政党の台頭という現象の背後には、有権者の意識構造そのものの変化が潜んでいる。
石破政権が見せる「粘り腰」の政治力学
興味深いのは、石破政権の対応である。通常であれば辞任必至の敗北にもかかわらず、続投の意思を貫く。政治評論家の間で囁かれる「もう少し大敗した方がよかった」という言葉は、皮肉ではあるが本質を突いている。
中途半端な敗北は、むしろ政権の延命装置として機能する。野党にとっても、弱体化した与党との「ねじれ国会」は絶妙な立ち位置を提供する。政策実現の手柄は自らのものとし、失敗の責任は与党に押し付ける——そんな都合の良い政治ゲームが展開される可能性は否定できない。
数字が語る既存政党の凋落は深刻だ。自民党の支持率は60歳代で13.9%(前月比3.7ポイント減)、70歳以上で26.0%(同6.1ポイント減)。従来の鉄板支持層である高齢者層での落ち込みが顕著である。安倍政権時代に開拓した若年層の支持は既に霧散し、その空白を新興勢力が埋めている。
公明党の苦境も看過できない。創価学会という巨大組織の高齢化と活力低下により、かつて「選挙のプロ」と呼ばれた集票マシンは錆びつきつつある。立憲民主党もまた、高齢者依存の体質から脱却できず、若い世代との対話に失敗している。
対照的に躍進したのが、参政党、国民民主党といった新興勢力である。参政党の選挙区7、比例7の計14議席という結果は、一過性のブームでは説明できない。茨城、埼玉、東京、神奈川、愛知、大阪、福岡——主要都市圏での勝利は、組織的な戦略の成果である。
彼らの手法は従来の政党とは一線を画す。地方組織の丁寧な構築、ボランティアの効果的な活用、そして何より若年層への直接的な訴求。週刊誌のスキャンダル報道さえ「知名度向上の機会」として活用する柔軟性は、旧来の政治家には真似できない。
「分かりやすさ」が切り開く新たな政治空間
国民民主党の17議席獲得も示唆に富む。「手取りを増やそう」——このシンプルなメッセージが、政治に無関心だった層を動かした。18~29歳の支持率13.4%(前月比10.0ポイント増)という参政党の数字と合わせて考えると、若年層が求めているのは複雑な政策論争ではなく、生活に直結する明快な提案であることが分かる。
一方で、日本維新の会の停滞は教訓的だ。選挙区3、比例4の計7議席は改選議席を上回ったものの、勢いは明らかに失速している。自民党との接近が「野党らしさ」を損ない、前原代表代行の消極的な選挙戦術がリーダーシップの欠如を印象づけた。
共産党の比例獲得議席が過去最低の3議席に留まったことも、時代の変化を物語る。イデオロギーに基づく伝統的な支持基盤は、もはや選挙を左右する力を持たない。
最も象徴的だったのは、元広島県安芸高田市長・石丸伸二氏の「再生の道」の全候補者落選である。都知事選での健闘が記憶に新しいだけに、個人の知名度と組織力の差を痛感させる結果となった。
変革の先に待つものは何か
この選挙が示すのは、日本政治における世代交代の進行である。しかし、それは単純な「若返り」ではない。インターネットを駆使し、明快なメッセージを発信し、草の根の組織を構築する——新しい政治手法を体現できる勢力が台頭している。
比例投票先の順位——公明党5.0%、れいわ新選組3.7%、日本維新の会3.4%、共産党2.5%、日本保守党2.5%——は、政治地図の確実な変化を示している。
だが、この変化の行き着く先は不透明だ。新興政党の多くは、具体的な政策よりもイメージや雰囲気で支持を集めている面がある。「ふわっとした」支持基盤は、実際の政策実現において不安定要因となる可能性を孕む。
石破政権の「粘り腰」も、この過渡期の特徴的な現象といえる。古い政治システムは確実に衰退しているが、新しいシステムの輪郭はまだ定まらない。この不安定な状況は、内閣不信任案という最終手段が現実味を帯びるまで続くかもしれない。
日本の民主主義は今、重要な分岐点に立っている。有権者に求められるのは、単なる「変化」への期待ではなく、どのような社会を目指すのかという明確なビジョンである。新興政党の躍進は希望であると同時に、警鐘でもある。彼らが既存政党の失敗を繰り返さず、真に国民のための政治を実現できるか——その答えは、次の衆議院選挙で明らかになるだろう。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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